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朱莉と叶子が出会ったのは、幼稚園の時。
引越しの関係で九月という中途半端な時期に入園した初日のこと。居場所を求めて部屋を見渡していた朱莉は、隅の方に一人で座って絵を描いている女の子を見つけた。
外遊びをしている女の子たちがツインテールや三つ編みにしているのと違って、その子の長い髪はだらしなく肩に垂れている。英語の文字がプリントされた白いTシャツは、裾の方がちょっと伸びていた。
「華やか」とか「きれい」とはかけ離れたその子の姿を見て、朱莉の胸にじわじわと勇気が湧いてきた。
あの子なら、話しかけても大丈夫かもしれない。
ほんの少しの勇気を頼りに、女の子のそばまで歩く。上履きの中が汗でびしょびしょだった。
「ねえ、なんのえをかいてるの?」
かがんで声をかけると、その子はびくっと肩を震わせて朱莉を見上げ、クレヨンを取り落とした。それから、慌てたように両手で画用紙を隠したけれども、クッキーみたいなその手は、クレヨンを隠すにはあまりにも小さすぎた。
「あ、それもしかして……」
朱莉がとあるキャラクターの名前を口にすると、女の子は消え入るような声で「うん」と頷いた。
彼女の画用紙に描かれていたのは、当時放送していたアニメの主人公の魔法少女。朱莉もそのアニメは結構好きで、毎週日曜の朝に欠かさず見ていた。
「やっぱりー。じょうずだなあ!」
「え、じょ、じょうずかな」
「うん、すごくかわいい!」
感想は本心だった。朱莉は絵のことはよくわからないけれど、一目見ただけで何の絵を描いているかわかったし、表情もポーズもアニメで見るキャラクターの魅力をうまく表現できていたと思う。
「せんしゅうのみた? あたらしいわざかっこよかったよね!」
「うん、みたよ」
朱莉の質問に、女の子がぼそぼそと答える。怯えで覆われていた彼女の瞳に、いつのまにか、かすかな光が現れていた。
後から本人に聞いた話では、入園したばかりの時に一度、やんちゃな男の子たちのいたずらを受けた経験があったらしい。大切な絵をクレヨンで真っ黒に塗りつぶされたショックで、他の人に絵を見られることがひどく怖くなっていたのだという。
「かこちゃん、でいいのかな」
服につけられた名札のワッペンを見ながら訊くと、ぼさぼさ髪の女の子——叶子——は、こくこくと頷いた。
「よろしくね。あかり、かこちゃんがおえかきするの、よこでみててもいい?」
火照った右手を、叶子の胸の前に差し出す。彼女はぎこちなく視線を泳がせた後、クレヨンで汚れた右手をゆっくりと伸ばし、握手に応じてくれた。
分け合ったお互いの体温が、幼稚園を生き延びるためのお守りになった。
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