1.新たな住人

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「そう言えば、今日は岳ちゃんは?」  しょげていれば、タイミングよくふくがキョロキョロと辺りを見回す。 「岳は急な仕事が入って、今日は行けないって。お土産に岳が焼いたシュークリーム持ってきたから…」  そう言って、ブルーのストライプのランチクロスに包まれた大きめのタッパーに入ったシュークリームを手渡す。  生地は昨日焼いて、バニラビーンズ入りのカスタードクリームは今朝作って入れていた。出来立てホヤホヤだ。 「あの…、岳って?」  不思議そうに問う大希に、さて、何と答えようか悩む。   「今、一緒に暮らしてるんだ。呼ぶなら──そうだなぁ。パートナーだな? そう呼ぶしかないだろうなぁ…」  俺は思案顔で答えた。 「パートナー…」  大希は何処か考え込む顔を見せる。  それは理解に迷うだろう。けれど、他に呼びようがない。  恋人、彼氏、夫、旦那。色々呼び方はあるけれど、どれもピンと来ないのだ。  夫と旦那は明らかに違うし。恋人、彼氏はそうだけど、もっと強い繋がりで。  今後を一緒に歩むパートナーが一番、今の状態に近いだろう。  その岳は前日まで行く気満々でこれを用意したのだが、夜遅くに急な仕事の話が入って。  久しぶりに重なった休日に、かなり上がっていた俺のテンションは、日本一標高の高い山の名を冠したジェットコースター並みに、一気に急降下した。  別に毎日顔も合わせているし、一緒に寝てもいる。  それでも、長く一緒にいられる休日は嬉しくて。岳を唯一独占できる日なのだ。  いつもは一緒にいる時間が短い。仕事が忙しいため、帰りが遅く朝が早い岳は、こっちが熟睡している間にそっとベッドに入り込んできて、俺が起きる前に朝早く仕事に出かけてしまうのだ。  いたはずなのに、いない。  今は三月末。六月になれば山小屋の仕事が始まる。二ヶ月なんてあっという間だ。そうなればもっと一緒にいられる時間がなくなる訳で。  夏には写真撮りに来るって言ってたけど、そうそうベッタリしているわけにも行かないしな…。  いやいや。ベッタリくっついていたい訳じゃないんだ。  こう、手を伸ばせば届く範囲に岳がいて、下らないやり取りして、怒って笑って、ちょっといちゃついて。  誰もその時間を邪魔する奴はいない。休みはそんな日常を過ごせる貴重な時間で。  仕事だから仕方ないのはわかってる。わかってるけど、ちょっと寂しい。  ふくは早速受け取ったタッパーを開け、更に笑顔になると。 「あら、美味しそう! 早速お茶にしましょう。大希君もどうぞ。お時間あるかしら?」 「はい。大きい荷物が到着するのは明日以降なんで。今日は布団だけ持って来ました」  大希はニコニコしながらそう答える。 「じゃあ、決まりね。大和ちゃん。悪いけど昇呼んできてくれる?」 「了解!」  俺はしんみりした気持ちを振り払う様にして直ぐに昇を呼びに向かった。
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