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その時、廊下から女子の話し声がする。さくらは我に返ると妖精を掴んで急いで席に座る。
(急いで掴んだけど、ちゃんと掴めた……)
さくらは手に温かく柔らかい触感があるためこれが夢ではないと実感した。その手の中にいる妖精はじたばたと暴れながら手から出ようとする。
『いきなり掴まないでよ』
「静かにして」
さくらは小声で注意する。
『大丈夫よ。私の姿は今の主であるさくらにしか見えないし、声も聞こえないわ』
そう言うと、妖精は飛び上がる。教室をすいすいと飛び回り、教室に入ってきた女子の髪を引っ張る。
「なに!?なんか髪が引っ張られた。美愛?」
「私何もしてないよ。希陽じゃないの?」
「あたしじゃないよ。気のせいなんじゃないの?」
さくらは心のなかであやまった。
しかし、ここであの妖精を呼ぶわけにもいかなかった。
そもそも『妖精』と呼ぶのはいかがなものだろうか。妖精と言うのは全体をまとめての名前であって、単独のものをささないのではないか。さくらはめまいがした。一体どうすればいいんだ。
そこで妖精は飽きたのか、桜の元へ帰ってくる。
『ほらね。気づかないでしょ』
「見てるこっちはヒヤヒヤするよ。……あなた、なんて呼べばいいの?妖精さん?」
『うーん。名前は……そうねえ……。ミーとでも呼んで頂戴』
「ミー?それが本名?」
妖精──ミーは首を振った。
『私達に本名はないわ。花の妖精だからね。今回私は勿忘草から出てきたから、勿忘草のforget me notからとってミーでいいんじゃないかしら。勿忘草は省略しにくいもの』
「名前がないんだ。じゃあ、たまたま今回あなたが出てきてミーっていう名前になったってこと?もしかしたら他の妖精が来て、ミーだったかもしれないってこと?」
『ええ。それはあり得るわ』
さくらは頬杖をつく。妖精がいきなり現れて願いを叶えると言っても信じられなかった。
さくらの心のなかには確かに願いはある。しかしそれはお金が欲しいだの、可愛くなりたいだのと心からの願いではなかった。どちらかといえば叶ってほしいなくらいの。
ミーが欲しがっているのは心からの強い願い。さくらはまだ見つけられていなかった。
『さくら。あの子達一時間目は移動教室だって言ってるけど、さくらはここに座ってていいの?』
ミーの声に我に返ったさくらは急いで教科書の準備を始めた。
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