40人が本棚に入れています
本棚に追加
1.
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」
世間には、そんな噂があるそうですね。
にも関わらず、なぜ奥様は、庭の桜の下に旦那様を埋めたのでしょう。そして、なぜそれが、三十年も暴かれないのでしょう。
一本の庭木であるわたくしに、人間の事情はわかりません。わたくしはただ、寒の終わりに蕾をふくらませ、春風にくすぐられて花を咲かせることしかできないのです。
わたくしが花を咲かせると、奥様は目を細め、宵に輝く三日月のように唇をしならせます。きっと、わたくしの下に埋めた人のことを思い出しているのでしょう。
ああ、奥様は嬉しいのですね。この人が、ここから動けないことが。それならばわたくしは、この屍体を決して逃さぬよう、根で絡め取っておきます。
それがきっと、わたくしに与えられた使命なのでしょう。
大切な、奥様のために。
最初のコメントを投稿しよう!