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「桜の樹の下には屍体が埋まっている」  世間には、そんな噂があるそうですね。  にも関わらず、なぜ奥様は、庭の桜の下に旦那様を埋めたのでしょう。そして、なぜそれが、三十年も暴かれないのでしょう。  一本の庭木であるわたくしに、人間の事情はわかりません。わたくしはただ、寒の終わりに蕾をふくらませ、春風にくすぐられて花を咲かせることしかできないのです。  わたくしが花を咲かせると、奥様は目を細め、宵に輝く三日月のように唇をしならせます。きっと、わたくしの下に埋めた人のことを思い出しているのでしょう。  ああ、奥様は嬉しいのですね。この人が、ここから動けないことが。それならばわたくしは、この屍体を決して逃さぬよう、根で絡め取っておきます。  それがきっと、わたくしに与えられた使命なのでしょう。  大切な、奥様のために。
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