それは桜の季節のように駆け抜けたふれあいで

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 十年前、桜が咲き始めた四月の上旬、俺は高校入学に緊張していた。  周りも同じであった。高校というのは同じ学力というだけの、育ってきた環境がまるで違う人間たちが集まってくる。いわゆる理知的で大人な人間関係を作らなければいけないというのは、いくら幼い俺らでも気がついていた。だから皆緊張していたのだろう。  高校生最初の授業はホームルーム。自己紹介というイベントは高校生になったというトキメキを持ってしても恥ずかしさが勝ってしまう。みんな大体は、勘違いしたロックシンガーよりもさらにカッコ悪く、ボソボソと罰ゲームのように自己紹介をこなしていた。だからこそ彼女は悪目立ちしてしまった。 「谷崎千春です! 気さくに『ちーちゃん』と呼んで欲しいです! みんなと仲良くなりたいので、今日の放課後でもみんなでカラオケとか行きたいです!」  誰かが自己紹介をし終えると、みんなで拍手をしていたが、千春の自己紹介終わりは誰も拍手をしなかった。みんな呆気に取られていた。数秒経って、見かねた先生が拍手を始めたので、みんな思い出したかのように拍手をした。しかし、拍手をするみんなの顔は、共同羞恥がべったり張り付いた苦笑いを浮かべていた。  そうしてホームルームが終わると、休み時間になった。知らないものが集まっての休み時間は、牽制にも似たような適切な距離の保ちあい始まっていて、なかなか気を使うものだった。しかし、ここでも千春は悪目立ちしていた。 「ねえねえ、どこから来てるの? 自転車通学? 電車通学?」 「ねえねえ、そのリップどこで買ったの?」 「ねえねえ、なんていう歌手のなんていう曲好き?」  教室の雰囲気を掴もうとして静かなクラスメイトたちに、千春はお構いなしに話しかけていた。遠巻きに見て、なかなか空気の読めない女だな、とその性格を気の毒に思った。  そしてその後の休憩時間を全てそうやって過ごした千春は、案の定というかなんというか、見事に腫れ物扱いされていた。
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