14人が本棚に入れています
本棚に追加
小指
吉原の女郎、鶴丸は、若い衆から差し出された小さな桐箱を、親指と人差し指だけでつまんで受け取る。齢十九歳、その頬の輪郭には幼さが未だ残るが、青白い肌に薄く開いた目、煙管の灰を落とすその所作には、苦界を生きる女の人生の匂いが染みついている。
印章でも入れておくのが相応しい、いかにも無垢なおもてをこちらに向けている桐箱。なけなしの金子をはたいて手に入れたのだから確認しないわけにはいかない。鶴丸は息を止める。少しだけ開けて、中のものを視界に入れたら、すぐに蓋を閉じてしまう。
幕府の御試御用役、つまり試し斬りを生業とする山田浅右衛門家から手に入れた死体の小指だ。身の証を執念く要求してくる客のために都合した品だ。こんな方法で客を引き留めなければならないのは業腹だが、花魁になれないことが決まっている身の上では仕方ない。
とはいえこんな悪足掻きも、所詮は時間稼ぎでしかないのかもしれないと、鶴丸は小さく溜息を吐く。とにかく、もう一度中身を確認して、それから箱書をしたためなければならない。
身を損ない、花の命を散らすは遊女の定め。
鶴丸の刻限も、確実に近づいてきている。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!