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幼馴染みと共に小中高と同じ学校に通える人間は、転校する人間が極少数派だから多数派なのだろう。だから彼らにしてみれば当たり前のことだが、僕はそれが羨ましくてならなかった。何故なら僕は幼馴染みに恵まれ生まれ育った土地にこよなく愛着を持っていたのに人見知りが激しく環境の変化に順応しにくく異郷に馴染みにくい僕の持って生まれた稀に見る内向的な余りに内向的な性格を考慮せず早くマイホームを得たいというエゴを優先した親の所為で小四の秋に転校を余儀なくされ幼馴染みを始め大勢の友達と別れる憂き目に遭い、結局それが僕を挫折させた要因となったからだ。
これは僕に与えられた特殊な運命と言えるだろう。だから仮令、多数派の人間に挫折した理由を詳しく説明しても同情されないだろう。
このことを思うと、いつもセンチメンタルになり、メランコリックになり、運命を呪い、孤独になる。また弱い立場になった僕に対して思いやるどころか弱味につけ込んだり異端視したりして痛めつけようとする他人との懸隔を感じて孤独になる。ま、しかし、お陰で周囲の猫も杓子も義に喩らず利に喩るオプチミズムに染まった俗物だと分かったことだし、何もかも済んでしまったことだ。もうどうでもいい。幸い、これも特殊な運命により稼ぎがなくても食っていける境遇を与えられた。長年の夢であったガレージライフも実現し送れている。
愛車のホンダビートは山椒は小粒でもぴりりと辛いオープンミッドシップツーシーターという世界的にも稀なスポーツカーで1960年代のホンダF1エンジンの技術を踏襲し、その魂を揺さぶるような素晴らしいサウンドを彷彿とさせるホンダミュージックを奏でてくれる非常に価値ある車で、もっとプレミアムが付いて当然なのだが、世の中の価値観が可笑しいお陰で僕にも買えたし、近所の俗物たちは全く理解がないから、その小さいなりだけ見て、つまり群盲象を撫ず愚を演じることによって馬鹿にしてオーナーである僕を変人として白眼視する。これも特殊な運命だ。しかし、僕は俗物たちに敬慕されている人間の中にではなく馬鹿にされている人間の中にこそ脱俗した異人がいると信じるのであってビートルズの唄うフールオンザヒルのように俗物を尻目に孤高の楽しみを持っている訳である。そして曲がりなりにも小説を書ける境遇にある。これも特殊な運命だ。小説家になることが目下の夢だからこれも望ましいことだ。それに些細なことだが最近、土鍋で米を炊くことを覚えて炊飯器で炊くより早く炊き上がり経済的で美味しくて白いご飯を食べられるだけで幸せを感じる。殊に東向きの部屋で炊き立ての白いご飯にキムチや明太子を乗せて朝日と一緒に吸い込むように食う、これが最高なのだ。
しかし、こんな生活いつまで続けられるのだろうと常に不安がつきまとう。兎に角、世の中がどうなろうと、今の生活にしがみついているしかない。それも叶わないとなれば、二人で当てもなく彷徨うしかない。
思えば、9年前、僕を担当した人材仲介の女は僕が新たな職場に臨んだ初日、ロッカールームまで入り込んで来て僕の着替える様子を見ていた。それは尋常ならぬことであり、当然ながら只ならぬ視線を背中に感じた。今思えば、それは哀婉なる恋情を含んでいたに違いなかった。
結局、その職場を2ヶ月で首になった時、他の派遣会社を当たると僕が言うと、彼女は俄に切迫し、真剣な顔つきになり、僕を不憫に思いもしたのだろう、若干目を潤ませて言った。
「あなたの家、教えてください」
え、何でと聞くと、あなたをほっておけないからと言う。で、ああ、やはり、この女は僕を誘いたかったんだなと確信し、過去に誘って来た女は悉く断って来たが、藁にも縋りたい気持ちだったし、年齢的にこれが最後のチャンスだと思ったし、何と言っても窮地に立たされた僕を馬鹿にするどころか好いてくれておまけに救おうとしてくれることに大感激したからマイホームに連れて行く気になったのだ。
かっこ良く言えば、今や彼女は僕のパトロンである。かっこ悪く言えば、僕は彼女の紐である。
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