番外編 ~ 金魚

1/1
52人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ

番外編 ~ 金魚

 放課後の教室の片隅で、僕は満面の笑みを浮かべて【それ】を見つめていた。  どうしてかって?  だって、クソ意地悪い担任の阿東(あとう)先生を説き伏せて、やっと手にした戦利品なんだもん…… 「うひゃ~、また【うさぎ】が変なもん持ち込みやがった」  突然肩越しに聞こえる声に、僕はぎょっとなる。ちなみに【うさぎ】っていうのは僕のあだ名。本名は宇佐美(うさみ)っていうんだ。 「うるさいなあ、今度はちゃ~んと【あとちゃん】の許可をもらったよ」 「お前なぁ、ここは小学校の教室じゃないんだぜ」 「あとちゃんもおんなじこと言ってた」 「誰だって思うさ。でも、今度のはおとなしそうだな。この前持ってきたアレはミイミイ泣いて五月蝿かった」 「おとなしそうじゃなくって実際おとなしいんだ、だってしゃべらないんだもん。子猫みたいに泣かないし暴れない。みんなに迷惑はかけないよ」 「そう言われればそうだな。今度は【金魚】だから当然か……」  僕の通っている学校は、自慢じゃないけど県下でも有数の進学校。そして、僕たちは大学受験をまじかに控えた高校三年生だ。  夏休みが終わって教室がピリピリ緊張に包まれ始めた頃、僕は気晴らしで行った放生会(ほうじょうや)で真っ赤な金魚を釣ってきた。でも、ウチでは生き物を飼うのを固く禁じられていて、仕方なく教室で飼うことにしたんだ。 「あの【堅物あとちゃん】を何と言って説き伏せたんだ?」  小日向(こひなた)…… 通称【ひなた】が、優雅に泳ぐ金魚を見つめながら尋ねてくる。 「『受験でイライラしてるみんなを和ませるために金魚飼っちゃいけませんか?僕が責任持って面倒見ますから』って言った」 「そんな理由で許してもらったのか?」 「うん!」 「あいつ、オメ~には甘んだよな~っ。この前俺が携帯鳴らしたときゃ、頭から湯気出して怒りやがったくせに」 「授業中なのに電源切らなかった ひなたが悪いんだよ」 「それにしたって、鉢に水草浮かべて金魚飼うなんてお前も風流だな」 「水草を入れると酸素を送る機械をつけなくても呼吸できるんだ。エコだよエコ!」 「そんなんで大丈夫なのか?」 「隣のじいさんも こうして飼ってる。そして二年以上生き続けてる」 「餌は?」 「ここにあるよ」  僕はそう言うと、ホームセンターで買ってきた金魚の餌をサラサラと振って見せた。 「あげてみる?」 「いいよ、お前がやれ」  僕は封をあけると三、四粒投入した。おなかがすいていたのか、金魚は すうっとエサに近づくと口を開けてパクっと食べた。 「なんか、可愛いな……」 「だろう?」  僕は嬉しくなった。金魚一匹でこんな楽しい気持ちになれるなんて…… 僕も癒しが欲しかったのかな? 「なにやってんの?」  いきなり教室に響き渡った その声に、ひなたと僕が振り返る。怜だ、岸田怜! 校内一の美形が後ろに立っていた。  僕は怜に ぼぉ~と見とれたけど、なぜか最近彼に元気がない。ちょっと痩せたんじゃないかって思う。進路のことで親と もめてるって聞いたけど、そのせいかな? 「あ、金魚だ。金魚鉢なんかに入れちゃって。あとちゃんに許可はもらったの?」 「飼ってもいいと言ってくれたよ」 「あとちゃんにYesを言わせるなんて。アイツ、うさぎには甘いよな」  くそ~~っ、怜まで ひなたと同じことを言いやがる! 「怜、どうしてこんな時間まで居残ってるんだ?」  ひなたが甘い声で尋ねてきた。そう、彼は怜が好きなんだ。でも、それが無駄なことを僕は知っている。だって、彼には付き合っている相手がいるんだから。この前の放生会で、その人と歩いてるところを偶然見ちゃった。がっしりとした背の高い男性で、その時見せた怜の横顔がびっくりするくらい綺麗だったのを覚えてる。でもずいぶん後になって、その人が親友のお兄さんで、彼のあとを追うため親の期待を裏切って別の大学に進路を変えたことを知ったんだけどね…… 「なんか気持ちよさそうに泳いでるなぁ……」 「そうだね」  金魚鉢を囲んで、僕らは暫しうっとり眺めた。 「ねえ、うさぎ? 明日さ、俺んちの金魚もここに放していい?」 「家にいるの? 金魚」 「うん。でも、うまく育てる自信がなくて」  怜から頼みごとをされたら断りきれなかった。もしNOといえる奴がいたら見てみたい…… そう思う僕だった。  次の日、朝一番に教室に行くと、怜が来ていて金魚鉢の前に立っていた。 「おはよう」  爽やかに微笑む その手にはジャムの瓶が握られていて、よ~く見ると中で金魚が泳いでた! 「このまま入れちゃって構わない?」 「いいよ」と言うと、蓋が開けられ金魚が鉢に放たれた。ぴちゃんとはねて、すいすい泳ぎだすのを僕らはじっと眺めていた。  ねえねえ、怜? この金魚って、もしかしたら放生会で釣ったやつじゃない? そうだよね! 「ホントは二匹いたんだ。でも一匹は すぐに死んでしまって……。でも、ここなら大丈夫だよね?」  いつになく心配性な彼にに、僕は「うん」と言ってあげる。 「この二匹、喧嘩なんてしないよね?」 「僕がちゃんと見ててあげる。餌をやるときだって怜の金魚が食いっぱぐれないように、こいつの周りに余計撒いとくから心配しなくていいよ」 「ありがとう」  金魚を見つめる怜の顔は、本当に本当に嬉しそうだった。 ――― end 最後までお読みいただき ありがとうございました
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!