第2章

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 買い物を終えた僕と怜さんは、両手いっぱいに買い物袋を抱えてマンションに戻って来た。 「荷物持ちをさせて悪かったな」と言う怜さんに「僕は【お客さん】じゃないですから」と冗談で答える。出会ってまだ一日しか経っていないのに、すっかり打ち解けた関係になっていた。  買ってきたものを片付ける最中、怜さんは【それ】を袋から取り出し こう言った。 「徳用サイズなんて買ってきて。ウチじゃ使わないから、明日持って帰ってくれよ」  それは、黄金色の蜂蜜!   買い物かごに入れる時『なんで こんなものがいるんだ?』って怜さんは首を傾げたけれど、買ったのには理由(わけ)がある。僕はキッチンに立つと怜さんに向かって 「大根を少し分けてもらっていいですか? それと空きビンも」 「そりゃ構わないけど、何をするんだ?」  怜さんが不思議そうに見つめる中、僕は慣れない手つきで皮をむき1cmのサイコロ状にカットした。そして、それを瓶に詰め蜂蜜をひたひたに入れて蓋をする。 「これ、おばあちゃん直伝の【大根あめ】です。僕が風邪をひいて喉が痛くなったり咳が出た時、よく作ってくれました。怜さん、昨日から咳が出てるでしょう? これを試しに舐めてみて下さい。結構効きますから」  怜さんは物も言わずに じっと瓶を見つめた。そして、絞り出すような声で言った。 「昔、同じものを母が作ってくれた。喘息持ちの俺が咳をし始めると これを湯で割って飲ませて、発作がおさまらない時は一晩中背中をさすってくれた。そんなこと、母親にしか出来ないことなんだろうな……」  ありがとう、歩――― そう言って瓶を受け取ると、怜さんは大切そうに冷蔵庫にしまった。  その時、僕は心から こう願っていた。子を思う母の気持ちを思い出した怜さんが少しでも心を開いてくれますように…… って。  夕方になると、僕らは原さんの好きなコロッケを作った。  僕がジャガイモの皮をむいて適当な大きさに切り、それを怜さんがレンジでチンする。今度は、怜さんが みじん切りにした玉ねぎと合挽きミンチを炒めているところへ僕が潰したジャガイモを投入して塩コショウする。華麗なる連携プレイ…… 「二人でやると早いな」 「教えながらじゃ大変でしょう?」 「そんなことないさ」 「原さん、何時に帰って来るんですか?」 「二十時くらいかな。昨日は休みだったから、もう少し遅くなるかもしれない」  時計を見ると十八時半を回っていて、少し早かったけれど僕は先に風呂に入ることにした。  白い大理石に囲まれたバスルームでゆったり湯船につかった後、脱衣所で服を着ていた時だ。ドアの向こうで話し声が聞こえてきて、僕は声を上げた。 「原さんが帰ってきた!」  嬉しさのあまり飛び出して玄関に向かった矢先、足に根が生えたように動けなくなる。  目の前で、原さんと怜さんが抱き合っていた! 互いの背中に腕を回し熱い抱擁を繰り返す二人は、僕の存在に気づいていない様子。  見つめ合い顔が近づいたところで、僕は逃げるように その場から立ち去った。心臓がドキドキして今にも口から飛び出してきそうだ! ――― 落ちつけ、落ち着くんだぁぁ~~  男同士の抱擁に激しく動揺した僕は、引き返した脱衣所で深呼吸を繰り返したけれど、なぜか嫌悪感は湧かなかった。多分、二人が深く愛し合っているのを知っていたから。  コロッケなんか作らなくても仲直りできたんだな――― そう思ったら嬉しいやら ちょっぴり悔しいやらで、とにかく変な気持ちになってしまった。 「わっ! 今日はコロッケなんだ」  食卓に並んだ料理に歓声を上げる原さんに、冷蔵庫から焼きナスを出しながら怜さんが言った。 「歩がね、圭吾の好物を作って仲直りしろって言うから二人で作ったんだ」 「気づいてたんだ。ごめんね、心配させちゃって……」  すかさず謝ってきた原さんに、先程のラブシーンの衝撃が冷めやらぬ僕は「いいんです」と俯いたまま答えた。  事情を知らない二人と僕は、ビールとウーロン茶で乾杯した。 「怜の作る料理はどれも皆美味しいけど、コロッケは絶品だよ」  新婚ホヤホヤみたいなことを恥ずかしげもなくいう原さんと、それに微笑み返す怜さんを見て思った。 ――― 僕って、おじゃま虫? 「でも、コロッケって いい思い出がなかったりして。最近ようやく、その呪縛から解放されたんだけどね~~ 」  意味深なことを言う原さんと、なぜかふくれっ面を見せる怜さん。  そんな二人の顔を見比べながら、『自分達だけがわかるような会話をしないでよ!』と、思わず焼きナスに箸を突き刺す僕だった。
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