第2章

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 昨日の買い物と同様、車は滑る様に街中を走ったけれど、車内は お通夜の様に静まりかえっていた。たった三日間にもかかわらず、すっかり怜さんに懐いた僕は、このまま別れるのが辛くて仕方なかったのだ。その気持ちは怜さんも同じなのか、口を真一文字にして前を見据えている。  気がつくと、車は僕の住んでいる町を走っていた。このまま行けば、数分経たずで着いてしまう。彼がこんな近くに住んでいたことに改めて驚いた。  あれほど家に帰るのを拒んでいたくせに、これってどうこと? と首を捻ったけれど、理由を察するのは容易だった。やはり、両親のことが気がかりだったんだ。出来るだけ近くに住み、そこから静かに見守りたかったんだ。どんだけ意固地なんだと呆れるけれど、そんな不器用さを むしろ好ましく感じてしまう。  イケメンでバリバリの仕事人間のくせして人間臭さも持ち合わせた僕の叔父さん――― 岸田怜は、とても魅力的な人だということを この三日間で僕は感じたのだった。 「せっかく来たんだから上がってってくださいよ」  自宅より少し離れた場所で車を停めた怜さんに、僕はそう訴えた。 「父さんはアトリエに行ってるし、家には母さんしかいませんよ」 「いいんだ、ここで帰る」 「おじいちゃんに線香をあげていったらいいのに……」 「ごめん、歩……」  それ以上、無理強いすることは出来なかった。おばあちゃんに逢いに行けなくても、せめて実家に上がるくらいなら…… って期待したけど、やっぱり駄目だった。 「じゃあ、帰ります。色々お世話になりました。怜さんの作ってくれたご飯、凄く美味しかったです。プリクラ、無理矢理撮って御免なさい。でも一生の宝物になりました。あと、冷蔵庫の【大根あめ】は もう食べられますから。中に入ってる大根は浸け過ぎると匂いが出るから捨てちゃってくださいね。それから、蜂蜜持って帰るの忘れちゃったけど どうしましょう? 怜さん、使わないですよね?」 「今のが なくなったら自分で作ってみるよ」 「良かった、是非そうしてみて下さい」   お辞儀をして今度こそ立ち去ろうとした時だ。「歩…… 」と呼ばれて振り返る。そこには、言葉では言い表せないほど複雑な表情をした怜さんの顔があった。強いて言うなら、泣いているような…… 「また来いよ、いつでも待ってる」 「はい」 「連絡をくれたら予定を空けておく」 「わかりました」 「歩…… 」  その時、僕はハッとした。やはり怜さんは泣いていた。必死に堪えているけれど、今にも両の瞳から涙が零れそうになっている。 「こんなこと言えた義理ではないけれど、家のこと…… 宜しく頼むな」  そう言い残すと彼は車に乗り込み、エンジンをふかして走り去って行った。  僕は必死になってテールランプの行方を追いかけた。そして、心の中で呼びかけていた。  家は僕が守るので、安心してください――― と。
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