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◆◆◆◆◆
怜さんと過ごしたゴールデンウィークは瞬く間に過ぎ、いつもの日常が再び流れ始めた。
僕は、授業に耳を傾けながら別のことを考えていた。
――― 怜さん、まだ上海にいるのかな?
マンションから戻ってきて早二週間。彼からのLINEは一度も来ないし僕も送っていない。一度だけ泊まらせてもらったお礼を打ったけれど、途中でやめた。別れ際に見せた あの泣き顔が目に浮かんできたからだ。
彼がその気になるまで待つことにした僕は携帯を閉じた。帰ってきたら連絡する―― その言葉を信じるほかないのだ。
ふと僕は、教室の片隅から変な物音がするのに気がついた。最初、コツンコツンと何かがぶつかる音だったのが『ブウォ、ブウォ』と変な鳴き声に変わっている。
発信源は、教室の後ろにある掃除道具入れ。
隣のヤツもそれに気づいたようで、僕が『何かいる』と目で合図すると彼は頷き不審そうな顔で後ろを見つめた。
途切れ途切れに聞こえていた鳴き声がだんだん大きくなり、とうとうクラス中がざわつき始めた。
黒板にチョークを走らせていた先生が振り返る。
「なにを騒いでいるの?」
「先生、掃除道具入れから変な声が聞こえます」
一段と騒がしくなった生徒に向かって「静かに!」と一喝すると、彼女はつかつか扉の前までやって来て勢いよく開けた。
「きゃあ~~~~~っ!!」
床にひっくり返った彼女の上にピョ~~ンと飛び乗る何か! それは、緑の体に黒の斑点が散らばる でっかい蛙だった。そいつは腰を抜かして目を白黒させている先生の身体を這い上がると、喉を大きく膨らませて「ブウォ」っと鳴いた。
蜂の子を突いたような騒ぎの中、こっちに向かってやって来る一人の生徒がいた。
宇佐美だ! 通称うさぎ。
彼は先生ではなく蛙に駆け寄ると そっと抱きあげ、まるで人に語りかけるようにこう言った。
「大人しくしとけって言ったのに、なんでじっとしていないんだ。ホントに困ったヤツだなぁ……」
それから数日後―――
おばあちゃんのいる老人ホームへ向かう車中で そのことを母さんに話すと、彼女はお腹を抱えて笑った。そして、目に涙を浮かべながらこう言った。
「その宇佐美君って子、どうして掃除道具入れにウシガエルを隠したの?」
「近所の貯水池で捕まえたのはいいけれど『これ以上生き物が増えるのは嫌だ』って母親に叱られたらしい。で、しょうがないから学校に連れて来たって」
「先生は それからどうなったの?」
「騒ぎを聞きつけた隣の担任が保健室に連れていった。そのあと、うさぎは職員室でこっぴどく叱られて親も呼び出されたんだ。そう言えば、うさぎのお父さんって入学式のとき話しかけてきた あの人だよ」
「あら、そうなの」
「怜さんにそのことを話したら、あのお父さんも よく学校に生き物を連れてきたんだって。【血は争えない】って言うけど本当なんだね」
母さんに話しながら、怜さんから連絡があったら ぜひこの話をしなきゃな…… と思う僕だった。
老人ホームに到着して おばあちゃんの部屋へ向かう途中、
「岸田さん!」
一人のヘルパーさんが声をかけてきた。
「先ほど息子さんという方が来られて、これを置いていったんですよ」
彼女の手には白い封筒が握られていて、そこには【御見舞 岸田怜】という文字が書いてあった。驚きのあまり声を失う僕と母さん。
「直さん(おばあちゃんの名前)に息子さんがいたなんて初耳だったけど、お顔が歩君にそっくりでしたよ」
ヘルパーさんから封筒を受け取った母さんは、まじまじとそれを見つめると
「間違いなく私の弟です。もう帰りましたか?」
「ええ、10分程前に。よほど久しぶりだったのかしら? 直さん、息子さんの顔を見るなり泣きだして何度も何度も名前を呼び合ってました。抱き合う姿を見ていたら こっちまで泣けてきちゃって」
ヘルパーさんにお礼を言うと、僕らは急いで部屋へ向かった。ベッドの上では、タオルを手にしたおばあちゃんがシクシク泣いている。
「お母さん、怜が来たって本当なの!?」
「そう、あの子が来たの。夢じゃない、本当なの!」
「そ、そう…… 」
「今までのことを謝ったら『もういいんだ』って抱きしめてくれた。また逢いに来てくれるって…… 」
声を立てて泣き始めた二人を残して、僕は急いで部屋を出た。さっき帰ったばかりというなら、まだ近くにいるはず―― そう思った僕が向かった先は、先程 車を停めた駐車場。
玄関を出て辺りを見渡し、そこに見覚えのある銀色の車を見つけた僕は一目散に走りだしていた。
ーーー end
引き続き番外編をお届けします。
たびたび名前が登場した宇佐美くんのお父さんの話です。
高校生の岸田も登場します。
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