1 月夜に銀の尾

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1 月夜に銀の尾

 宴のさなか。運河のほとり。入り組んだ路地裏でふと出会う。  虚飾、偽り、秘匿。偶然という名の幸運。  “見せない”という、たったひとつの約束ごとで、わたしたちは繋がれる。  仮面を取ってはならない。  祝祭の夜。  ひとは誰しも、精霊の子なのだから。    ◆◇◆ 「お嬢様!! いけませんよ、はしたない。そのような(なり)で……」 「なぜ? セデルガ。どうせ、みんな変装するのに」  乳母に視線を流し、けろりと言い放つ。  私は姿見の前に立ち、今日のために内緒で発注しておいた、とっておきの衣装に身を包んでいた。セデルガは淡い水色のドレスを手に、ぶるぶると震えている。  やがて努力の末に感情の波をやり過ごし、つとめて平坦な声で告げた。 「変装ではありません。仮装です」 「大して変わらないわ」 「ああ……、もう。どうしてこの方は! 少しは姉君をお見習いくださいませ。お淑やかで慎ましく、お顔を隠されても匂いやかな美女と謳われておりましたのに。お顔はそっくりでいらっしゃるのですから」  でっぷりとした腰に片手を当て、いつも通り、お決まりのお小言が始まる前兆に、私は先手を打つことにした。――もう十七なのだ。いつまでもがみがみとやられっ放しではたまらない。 「はいはい。お姉様なら、もう遠つ国(ソレアーニ)にお嫁に行ってしまったわ。うず高く贈り物を積んで、列をなしていた名家の求婚者たちも跳ねのけて、ね。残念でした。今や、この『仮面精霊祭』に出られる未婚の子は私だけ」 「! お嬢様」 「はぁ煩い。そんなに似合わない? あなたから見て」 「え……似合わないとか、そういう問題では……」 「なら、いいじゃない」 「だっ、だめです! だって、そのお衣装は()()……!」 「ふふっ、そうよ」  鏡のなかで最後の難関だった紫のリボンタイを結ぶ。背に流した銀の髪は同じ色の細いリボンで一つ括りに。それから、いそいそとサイドテーブルに置いてあった仮面を手にした。  銀狐(シルバーフォックス)を象った精緻な仮面は顔の上半分と頭部を覆う。もとの髪色に合わせた獣の耳はつん、と立ち、瞳の色はわかりにくいよう、目の部分は色ガラス。これは、周囲からは黒っぽく見えるが、付けた本人からは澄んだ視界が約束される。じつに、この祝祭に適した魔法の仮面だった。  はあぁ、とため息で脱力したセデルガがうらめしく呟く。 「せっかく……楽しみにしてましたのに。私もですが、お父上やお母上も。館中の者が“祝祭の精霊姫”となられた貴女様を」 「ごめんなさいね。あ、手袋(それ)取って」 「……はい。もうお出かけに?」 「そりゃもう」  にこりと笑んでも、もう口元でしかわからないだろう。  ミステリアスな狐の若君に変身した私を、彼女はようやく止められないと観念したようだった。身をかがめ、恭しく礼をとる。 「今宵、月の消えるまで。健やかにお過ごしあそばせ。“祝祭の精霊若君”」 「あなたもね。“善き人の子”」  カチリ、と窓を開ける。煌々と降り注ぐ春の月明かりは白く優しい。窓辺にブーツを履いた足をかけ、ひらりと飛び降りた。
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