7 仮面の下は人間とは限らない

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 だからこそ、今年は仮装を済ませたクリソベリルから「裏切り者!」と罵られつつも、のほほんと彼女を見送った。  ぷんぷんと肩を怒らせて背を向ける彼女は、どう見ても凛々しい精霊若君だった。  遠視でトーナメントを見守ったあとは、姫から戦果を。国王夫妻からは良い婿がねの報せを聞くつもりで庭園を散策した。  精霊専用の“隠された四阿(あずまや)”に向かったのは気まぐれだ。ほんの一時(ひととき)のつもりだったのに。  なんと、見つかってしまった。  ――『すみません。あの……たまたま、あなたがここに入るのが見えて。気になって』と。  控えめだが澄んだ響きの声音。凛とした佇まいの、()()()()()()()。  衝撃が走った。  可愛い、と、ひと目で恋に落ちた。  可愛いに理由なんぞは要らない、と、初めて知った。  魔法のガラスで遮られてはいたが、彼女本来の夢みるような紫の瞳はうつくしかった。銀狐の仮面も、青と白を基調とする装束も、瞳と揃いのリボンも髪型も何もかも、とても似合っていた。  ただし可愛すぎて、これを男と見紛う輩はすべて目を洗うべきでは、と真剣に憂慮し、かつ見抜けぬ輩ばかりなことに心底安堵した。  二言三言(ふたことみこと)話すうちにも恋心は募るいっぽうで、正直抑えようがなかった。  どうにか、彼女を――……自分だけのものに。  こんな気持ちも初めてだった。  気づけば彼女を、石長椅子の褥にそっと押し倒していた。手枕にかかる彼女の髪の感触も重みも、戸惑う視線も何もかもが好ましく、高揚させた。 (……惜しい。祝祭でなければこの場で奪うことも出来たのに……)  まぼろしと眠りの魔法をかけ、抱き上げた彼女の花びらのような唇や、すべらかな頬に再度口づけた。ほかの、どの精霊にも目印となるように。 「最愛の君。見つけてくれてありがとう。私も、やっと見つけることができたよ。こんなにも心奪うものを」 「んん」 「………………」  身動ぎして吐息をこぼす、彼女の破壊力抜群の愛らしさを鉄の理性でやり過ごす。こんな試練も初めてだった。  そうして、今。 「やあ、盛況だね。今年も」 「おや! 精霊様。おいででしたか。お待ちを、ただいま席を……」 「いや、いい。まだ隠れていたいから」 「あらあら。仮面を着けられても、やっぱり恥ずかしがり屋でいらっしゃる」 「ごきげんよう、王妃」  側仕えの者に椅子を運ばせようとする国王を宥め、ころころと笑うクリソベリルによく似た王妃に微笑みかける。  この身は、今は女性に見えるだろう。そのことをちょっと可笑しく思う。 「“精霊王のメダル”はどこ? 私に、考えがあるんだ」
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