9人が本棚に入れています
本棚に追加
ジーッと眺めていたその時。
どこからともなく、バイオリンの音色が聞こえてきた。
しっとりとした美しい旋律が耳に響く。
見ると、ひとりの青年が壁を背にしてバイオリンを奏でていた。
その姿に僕は思わず目を見張った。
その青年は、バイオリンを弾くにしてはやけに服装がラフで髪の毛もボサボサ。正直、普通にしていたら全く目立たない格好だったのだ。
にも関わらず、突然バイオリンを弾きだして一帯を魅了しだした。
それに呼応するかのように、今度は別の場所からバイオリンの音色が聞こえてきた。
目を向けると、今度は別の女性がバイオリンを弾いていた。こちらの女性も、普通に歩いていたら見過ごしそうなモブさを放っている。
突然始まったセッションに、僕のいるフリーホールのお客さんたちも「なんだなんだ」とざわめき始めた。
と、次の瞬間。
隣のテーブル席に座っていた男性が大声を張り上げて立ち上がった。
「──ッ!?」
思わず顔を向ける。
体格のいいハンサムな男だった。
そんな彼がこんな公衆の面前でいきなり歌を歌いだしたのだ。
驚きよりも混乱が勝った。
なんだ?
いきなりどうした?
まわりの客たちも一斉に振り返って男の方に目を向けた。
男は、ハスキーな声でバイオリンの音色に合わせてバラードを熱唱していた。
すると今度は僕の逆隣りの席に座っていた女性が立ち上がって歌を歌い始めた。
「へ!?」
振り返って女性を見つめる。
まるで男の歌声に呼応するかのような素敵なデュエットを奏でている。
と、さらにその後ろに座っていた人も立ち上がり、今度はダンスまでやり始めた。
その瞬間、僕は気が付いた。
あ、これはアレだ。
フラッシュモブってやつだ。
一般客を装ったパフォーマーが、突然歌をうたったりダンスを始めたりするアレのことだ。
もともとは海外ではじまったとされているが、最近日本でも行われ、時たまニュースにもなったりしている。
それがまさかこの場所で行われるなんて。
最初のコメントを投稿しよう!