1 修学旅行

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1 修学旅行

 悠希(ゆうき)は、眼前に広がる海を身動(みじろ)ぎもせずじっと見つめていた。  足元には、白い泡交じりの穏やかな波が、寄せては引いてを絶え間なく繰り返していた。悠希は、その波にも負けないくらい飽きることなく、波の湧き上がる海面を見続けていた。  小学6年生の悠希は、秋の修学旅行で伊豆の海辺にやってきていた。  その日の朝、学校を出発して、途中、由緒あるという和風の大きな建物に立ち寄った後、この海に面した浜辺の昼食予定地に、昼前に到着した。  ここに向かう途中、悠希はバスの中でも何となく落ち着かなかった。  悠希は、富士山の裾野の内陸の街で暮らしていた。  天気のいい日には、すぐ間近にそそり立つ富士山が、晴れ渡った青空を背景にきれいな稜線をくっきりと浮かび上がらせた。その堂々と構えた雄大な姿を見ながら育った悠希は、小さい頃から、口で言わなくても人に伝わるものがあることを、無意識のうちに感じ取っていた。  だからというわけではないが、悠希はどちらかというと口数の少ない、物静かな性格だった。それは、悠希に父親がおらず、母の芙海(ふみ)と二人暮らしだったことも一因となっていたかもしれない。
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