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悠希は幼い頃から、母が仕事で出かけるときには、すぐ近所で暮らす母の姉に預けられた。
子供のいないおばさんは悠希を大事にしてはくれたが、きれいに片付いたおばさんの家で、子供ながらに気を遣って、黙ってテレビを観たり本を読んだりという過ごし方をすることが多かった。
その気遣いは、友達の家を行き来して一緒に遊ぶといった行動も抑制してしまい、悠希は、自分の気持ちを表に出さない、無口な小学生になっていった。
修学旅行のこの日も、抜けるような青空が広がっていた。悠希たちを乗せたバスは、背後に浮かぶ富士山に見送られながら、目的地に向かっていった。
そのバスの中で、悠希は二か所目の訪問先となっている海に思いを巡らせていた。
悠希が海を見るのは、実は生まれて初めてのことだった。
これまで、仕事に追われる母とは遠くに出かける機会もほとんどなく、身近な生活の場を離れたことといえば、おばさん夫婦に隣町の遊園地に連れていってもらったときくらいしか記憶にない。
そんな悠希にとって、海はテレビや本の中にある世界であって、海の水がしょっぱいだの、どこまでも続く真っ平らな水平線だのというのは、実感できずにいた。
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