1 修学旅行

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 とはいえ、海を見たいなどと母にせがむ気持ちは湧いてこなかった。  それは、母を困らせることを幼いながらに知っていたというのもあるが、それ以上に、海に、底知れない水の世界に近寄ることへの、漠然とした怖れみたいなものがあったからだった。  だから、こうして今、海に向かっている自分が、これから海に着いたらどう海と接したらいいのか、戸惑う気持ちが抑えられなかった。  海から波の大きな手が伸びてきて、僕を海に引きずり込んでしまう、そんな想像までしてしまう自分に、さすがに自分でもあきれた。  その反面、物心ついたときからずっと繰り返し見てきた夢、自分が大きな水の渦に取り込まれる夢が頭をもたげ、そうした不安があながち荒唐無稽なものでもないように思え、不安を拭い去れないまま、バスに揺られ続けた。  やがて、車内に歓声が上がった。悠希が窓の外に視線を向けると、緑の木々の先に、青く平らな水平線が広がっているのが見えた。  間もなく、バスが目的地の海岸に到着した。  バスから降りた悠希は、しばらく自由時間という先生の掛け声を聞くと、ゆっくりと海の方に顔を向けた。
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