1 修学旅行

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 目の前には、澄んだ空の下に、それと対をなすような青く広大な海が横たわっていた。  無機質にも思える波の音が刻むリズムが何となく心地よく感じられ、気がつけば悠希がバスの中から抱えてきた心のざわつきは不思議なくらい鎮まっていて、水際に行きたい、そして海をこの目でよく見たい、という願望が心を覆い、足を突き動かした。  他の子供たちが、砂浜を駆け回ったり、水をかけ合ったりしてはしゃぐ中で、悠希は、一人波打ち際に立って海のかなたをじっと見ていた。  それを見て、担任でもある引率の先生は違和感を覚えないわけにはいかなかった。しばらくそのまま見守っていたが、やがて悠希の近くに歩み寄ると、後ろからそっと声をかけた。 「葉山、何か見えるのか?」  悠希は、はっとしたように先生を振り返った。  その頬は、海の色を写し取ったかのように青白かったが、さあっと血の気が戻り、それに合わせて唇を小さく開け閉めして、今から発する言葉を探すように目を左右に動かした。  そんな悠希の表情が、普段の彼からは想像できないくらい珍しく豊かに思えた先生は、「海、来てよかったみたいだな」と言葉を続けた。 「はい」  悠希は、ひと言そう返した。そして、また視線を海に戻した。
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