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32.はらぺこサキュバスと性欲の強い男エルフと新種のコケ
午前中は求め合ってしまったけれど、今日はレイモンド班はギルドに呼び出しを受けているそうなので身支度をして部屋を出た。わたしの催眠のことは気になるけど、サキュバス界と通話するのは後回しだな……。
相変わらずギルドは冒険者たちがたくさん出入りしていて騒がしい。
「おーいこっちこっち」
ライオットさんがこちらを手招いているのが見えた。マノンさんやアーダさん、そしてドーソンさんとリィナさんも先に揃っていた。
「ライオットさん! こんにちは! 怪我は大丈夫なんですか?」
「こんにちはシルキィちゃん。ああ、リィナの処置が良かったし、スケルトンの骨薬を飲んでるからね。治療費はちょっと高くついたけど、そろそろ探索に出られるよ」
スケルトンの骨薬はその名の通り、スケルトンの骨から採れる薬で、昔、骨しかないスケルトンがどうやって骨を動かしているのか研究した人がいて、難しいことはよくわからないけど、目に見えないくらいの速さで摩耗と再生を繰り返してるんじゃないのか? だから浄化しないと倒せないんじゃないのか? っていう仮説を立てて試行錯誤した結果生まれた骨折を治す薬らしい。思い出してみたけどやっぱり難しい。まあ、そういうことで、このダンジョンでは浄化せずに、動けない程度にバラバラにして骨を持って帰るとそこそこのお金で売れるし、よそよりも手に入りやすい薬なんだとか。本当に、この街はダンジョンで潤っている街なのだ。
「ライオット班も呼ばれているんですね。今日は一体どうして?」
「それが……、レイモンド班とライオット班と共同で狂化を抑える方法を依頼として出しましたでしょう? それに関係あることらしいですの。詳しいことは中で、とのことらしいのですけれど……」
「マノンだけがそれを知らされてるんですか?」
「どうやら教会にも関係があることらしいですの。そのせいでしょうね、きっと」
レイモンドさんとマノンさんであーでもないこーでもないと話していると、受付の人に声を掛けられる。
「レイモンド班、ライオット班の皆さん、お待たせしました。上でギルド長からお話があります」
ギルドの二階に行くのは初めてでちょっとドキドキする。暗い階段をみんなで登ると会議用の部屋に通された。
「呼び出して済まなかったね。初めて会う者もいるだろう。私はカストロビエホ。この街のギルド長だ」
カストロビエホと名乗ったその人は長い白髪を一つにまとめて編んだ、壮年の男性だった。右目を通る大きな傷があって、多分この人もかつては冒険者だったんだと思う。
「そしてこちらが煙草屋のヒラヒラさんだ」
「ヒラヒラわよ」
この煙草屋さんは知ってる。蛙人の女性で、よく原料になるコケを採ってくる依頼を出していて、レイモンドさんと会う前はわたしもよくお世話になっていた。
「今日はどうしてこのメンツが呼び出されたんだ? 何か関係があるから煙草屋さんはここにいるんだと思うが……。もしかして、レイモンドの狂化に効く煙草でも見つかったのかい?」
「まあ端的に言えばそうだ。とにかくみんな掛けてくれ。詳しいことはヒラヒラさんから説明してもらおう」
ライオットさんの問いにギルド長はそれだけ答えて、煙草屋さんに説明を促した。レイモンドさんの狂化がよくなるなら願ってもない。とりあえずみんな話を聞く姿勢になる。
「冒険者のみんなにはいつもごひいきにしてもらってるわよ。知っての通りウチではダンジョン内で採取したコケを持ち込んでもらって煙草に加工してるわよけど、この間初めて見るコケが持ち込まれたから買い取って煙草にしたわよ。それがこれなんだけど……エルフの旦那、ちょっと試してみるわよ」
「私ですか? 私、普段煙草は呑まないんですけどねぇ……」
煙草屋さんがパイプに乾燥したコケ煙草を詰め、レイモンドさんに手渡すと、彼はおずおずとそれを口にした。
「一気に吸ったらだめわよ。優しく静かにゆっくり吸って、口に煙を溜めたら吹くわよ。吹くのやめると火が消えるから吸わなくても吹いてるわよ」
レクチャーを受けながら煙草を吸うレイモンドさんをみんなで見守る。変な会合だな……。
「すーっ……。ん……おッ……!」
ガタッ!
煙を吸って口に溜めたレイモンドさんが、突然ガクっとテーブルに肘をついた。
「レイモンドさん!!」
「だ、大丈夫……。これは……魂を持っていかれたかと思った……」
わたしが驚いて横から支えると、レイモンドさんは天井を見上げて首元を手でパタパタと扇いでから、パイプを煙草屋さんに返した。
「そういうわけで、この煙草はちょっとものすごく強い鎮静作用があるわよ。あまりに強いから店ではちょっと売れないわよ。でも旦那たちが依頼を出してるって聞いて、いけるんじゃないかと思ってギルド長に相談したわよ」
「確かに、画期的ですの。狂化の患者は例は少ないけど、レイモンド以外にもいないわけじゃありませんのよ。現状暴れるような人は閉じ込めておく以外に方法がなくて教会の大人たちもどうすることもできずにいるんですけど、こういうものがあれば落ち着いて生活してもらえるかもしれない……」
「怪我して痛みが強すぎる時とかにあるとありがたいかもしれないね」
「けど、それちょっと危ない物の気がするニャー。誰でも手に入れることができたらいけないんじゃないかニャー?」
ライオット班の人たちが意見を言うと、ギルド長は静かに頷いた。
「まさにそれだ。流通する前にヒラヒラさんがギルドに話を通してくれたのでその煙草が特別なものだという情報はここにいる者しか知らないが、原料のコケは今もダンジョンの中に自生している」
「そうわよ。この街の煙草屋は基本的にギルドの許可を得て店を出してる者同士だからこのコケが入ってきたらすぐわたしの耳に入ってくるわよけど、採取した冒険者がよその街で売るのまではどうにもできないと思うわよ」
「それ吸ってぐにゃぐにゃになってる奴が街にあふれるのはうまくねえなあ。手を打つ必要があるなぁ」
「早い話が、そのコケが生えてる区画をあたしたちになんとかしてほしいって話かい?」
ドーソンさんとリィナさんが話をまとめてくれた。ギルド長が袋に入った何かをじゃらりとテーブルに出す。
「その区画を、許可された者以外は通れないようにしたい。施錠の結界を設置したロックドゾーンにして、鍵を持ったものだけがそこを使えるように管理する。レイモンド君のような狂化患者には薬として必要になるだろうからな。実質そこの鍵はマッピング師でなければ持てないようにするつもりだ。その設置を君たちに頼みたいのだ」
「なるほど。話はわかりました。確かにそれは必要なことだと思います。ドーソン、リィナ。シルキィ君。それでいいですか?」
「俺もそれでいいと思う。二人もいいよね?」
班長二人の判断に不満がある者はいなくて、わたしたちはギルド長の依頼を受けることになった。
「エルフの旦那と教会にはこの煙草は少し融通するわよ。とはいってもこれで狂化が治るわけではないと思うし、あんまり長く使い続けるのもおすすめはしないわよ。治す方法は別に探して、各自の判断で必要だと思った時に使うといいわよ」
「ありがとうございます、ヒラヒラさん。そのコケに特徴はあるのでしょうか? 冒険者が見つけて来たということは、フライング違反者でもなければマッピング済みの所に後から発生したと考えたほうがよさそうですが……」
「そのコケ、何もない所で光っていたと言っていたわよ。いつものコケは光らないから、すぐわかると思うわよ。そうわね。光るコケは必ずウチに売るようにってギルドに通達して欲しいわよ。その後のことは煙草屋同士で話しあうわよ。いいわよ? ギルド長」
「すぐ手配しよう」
そうと決まれば話は早い。レイモンドさんはパイプと煙草を一セット買い取り、光るコケについての通達がギルドの掲示板に張り出された。
(これでレイモンドさんが我を忘れることを防ぐことはできそうだけど、やっぱり早く催眠を使えるようにならなくちゃ……)
焦りと不安が胸をよぎる。わたしたちは、またダンジョンに潜る準備を始めた。
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