12.はらぺこサキュバスと性欲の強い男エルフとリザードマン

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12.はらぺこサキュバスと性欲の強い男エルフとリザードマン

 わたしたちはダンジョンの中をただ進む。わたしがよく探索していた上のほうの階層は明かりがないと暗かったけど、不思議なことに地下五階あたりからは壁があちこち発光して、明かりがなくても足元がよく見える。この階層はまだギルドの整備が行き届いてないのでランプは無く、レイモンドさんの出す緑の炎はふわふわと浮いていた。明るいと目を使うモンスターが増えるはずなので、幻惑魔法を使うわたしとしては逆にやりやすい。考えて動く知能があるならなおさらいい。 「シルキィ君、君は思ったよりずいぶん戦えますね。ちゃんと潜って稼ぐこともできたんじゃないですか?」 「えへへ……それでもソロでこんな深くまで潜るのは無理です……。でも、下の階層のモンスターのほうが騙されやすくていいって知れてよかったですね」 「本当に助かるよ。おかげで効率よく回れる」 「正式に班に入ってもらってもいいかもなぁ、レイモンド?」 「そうですね。でも、その辺は地上に戻ってからよく話しましょうねシルキィ君」  役に立つと思ってもらえるのは嬉しい。体以外でもレイモンドさんに必要とされたいから。 「美味しいごはんとあったかいお布団、少し恋しくなってきましたものね」 「確かにね、もうちょっと頑張ったら戻ってみんなでご飯食べたいよね」  明るく笑うリィナさんを見ていたわたしは、地上に戻ったら一旦サキュバス界のお姉ちゃんに会いたいと思っていた。サキュバスとして成熟するためにアドバイスが欲しいから。それと、性欲が強すぎる人がそれをコントロールできるようになる方法を大人のサキュバスなら知ってるかもしれないと思って。 「今回は七階まで潜って戻りたいと思っています。調子のいい時ほど慎重になったほうが良いと思うので。マノンにはああ言われましたが、目的は踏破ではなくマッピングですから。少しでも奥に行きたい冒険者には申し訳ないですけど。それに、無理をしてこの中の誰が欠けても私は嫌ですのでね」 「オッケーオッケー。ちと物足りねえが、俺はお前のそういう自分のペースを守るところは嫌いじゃねぇんだぜぇ。ダンジョンの中では『まだ行ける』は『もう行けねえ』と同じ意味だしなぁ」 「七番目とつながってるってわかっただけでも今回は上々でしょ。六階より先に行きたい冒険者がいたら横穴で隣に行けばいい。そしたら三十五階まで行けるわけだからね」  喋りながらもリィナさんが入ろうとしていた小部屋の中にそこらをシャカシャカ這っていたパンぐらいある甲虫を投げると、横合いから何かが飛び出して虫を貫く。 「殺意の高いトラップが出て来たねぇ。穴倉じゃなくて遺跡っぽい部屋だと思ったら案の定だよ」 「確かに、なんか人工物っぽい部屋ですね……」  次に投げた虫には罠は反応しなかったのでわたしは部屋に入る。祭壇みたいなところに宝箱が三つ並んで置いてあった。 「あれにもおそらく罠が仕掛けてあるでしょうが、私たちには関係ないので無視です。ここまで踏破できた冒険者がいたら結果を報告してもらうようにギルドに話す必要はありますね。毎回同じ罠とは限りませんが傾向はあると思いますので……と」  レイモンドさんが地図に書き込みをしてる間、残りの三人でいろいろと調べる。入り口以外には罠はないようだ。 「罠がなければセーフティゾーンにできそうなのに、残念ですねぇ」 「そうですね、小休憩できるところが多いと安心ですからね」  小休憩、っていうところでちらっと見てくるレイモンドさん。意味はわかるけど、やっぱりなんか照れるな……。もしかしてもう賢者タイムは終わっちゃったんだろうか。 「罠が復活しても嫌だし、ここに長居は不要だろぉ。次に行こうぜぇ」 「ああ、そうですね。行きましょう」  ドーソンさんに言われてそっちを見るレイモンドさん。まだ大丈夫だよね? 「次の部屋、なんかいるみたいだよ」  リィナさんがモンスターの気配を察知して注意をしてくれる。レイモンドさんとわたしの耳にはもう音が聞こえてきていた。 「リザードマンだっ! 倒すぜぇ!」  さっきと同じ、石の建築物っぽいもので壁が整えられた部屋の中には二本足で立って歩くトカゲのモンスターが三体。防具とかはつけてないタイプだ。サキュバス界含む魔界にいるリザードマンは服も着るし言葉も話すんだけど、こっちのダンジョンにいるのはあのリザードマンとはちょっと別の、ただの歩くトカゲって感じ。こっちの人はリザードマンって呼んでるからわたしもリザードマンって呼ぶ。大きな顎と鉤爪、太いしっぽがちょっと怖いモンスターだ。 「えいっ!!」  わたしは毎度のごとく、幻惑魔法で白シルキィを出す。視覚的には五対三になって、あんまり賢くないモンスターなら相手の判断が鈍るので、これだけでこっちのやれることが増えるのだ。幻覚に惑わされたリザードマンの足を、レイモンドさんが風の精霊に頼んで起こしたつむじ風で切り裂く。衝撃でよろけて倒れたところに、わたしは白シルキィを向かわせた。リザードマンの大きな顎が白いわたしに噛みついて、存在しない血が噴き出す。そこに、レイモンドさんが腰に刺していたレイピアを抜いて、白シルキィごとリザードマンの頭を口の中から突き刺す。 「こっちの二体は倒したぜ!」 「こっちも今済みました……!」  ドーソンさんとリィナさんも、二人で連携してリザードマンを倒したようだ。 「三匹で済んでよかったけど群れが近いと嫌だね」 「まだ気は抜かないほうがよさそうだぜ」 「シッ! 何か聞こえます!!」  コココココ……コココココココッ……。 「何かの、鳴き声……?」 「上だっ!!」  ドオォンッ!!!!  ドーソンさんが叫ぶのと、上からそれが落ちてくるのは同時だった。砕けた床石、もうもうと立ち昇る砂埃の中で、二つの目が赤く光っている。 「距離を取って!!」  リィナさんの鋭い声を聞いて私たちは後ろに飛び退る。わたしの頭上をなにか太いものがすごい勢いでブンと通り過ぎて行った。 「またリザードマン……いや、なんかこいつでっけぇぞ!!」 「リザードレディだよ!!」  砂埃が収まった部屋の真ん中に立ち、丸太のような尻尾をゆらゆらさせているのは、さっきのリザードマンよりも二回りは大きいリザードマンだった。リザードレディ。リザードマンのメスだ。 「……はぁっ」  レイモンドさんが緊張に止めていたらしい息を吐く。わたしの淫紋にチリっとした感覚が一瞬走った。ええ……うそぉ。レイモンドさん的にはリザードレディは許容範囲内なんだ……。レイモンドさんに今まで言われてきた『可愛い』という言葉の受け止め方をちょっと考え直さないといけないかもなぁ……。いや、そんな場合じゃない。全然そんな場合じゃない。 「これ……もしかして群れのボスですか!?」 「そうじゃなかったらこれよりすげえのがそうだから、これであることを願うねっ! おらっ! 来るぞっ!!」  ドーソンさんの雄叫びで、戦闘が始まる。わたしはさっき白シルキィを出したばっかりだ。幻惑魔法は便利だけど、そんなに連続でポンポンとは使えない。復活するまでちょっと時間がいる。サキュバスは魔法を使うのに、魔力に変換した精気を消費する。いままでわたしははらぺこだったからここぞというところでしか幻惑魔法を使ってこなかった。けど、深い階層に潜るってことはそうも言ってられないわけで……。最近の私はレイモンドさんから酔うほど精気をもらってたから融通が利いたんで戦闘のたびにちょいちょい使ってたんだけど、精気の残量がすくないと復活するのに時間がかかる気がする。考えて使う必要あるな……。 「今はわたし、幻惑魔法出せません! 魔力が復活するまで逃げてるので、後はお願いします!」 「わかりました、シルキィ君、どうか自分の身を一番に守ってください!!」
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