33.はらぺこサキュバスと性欲の強い男エルフとみんなの夢

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33.はらぺこサキュバスと性欲の強い男エルフとみんなの夢

「なんで! 俺らがコケ取ってたんだぞ!」  ダンジョンの浅い階層で採集をしていた年若い冒険者たちのブーイングをいなしながら、わたしたちはまた一つの区画を凍結する。 「君たち、ギルドの通達は見ていないんですか? 光るコケがある区画は許可がないと入ってはいけないことになったんですよ」 「そんなの知らない! 俺たちここのとこ三日ずっとここで採取してたんだ!」  抗議してくる二人の冒険者たちは本当に若くて、マノンさんとそう変わらない年齢に見える。通達を知らないらしい彼らにとっては、先輩冒険者が意地悪を言って締め出してきたようにしか思えないのかもしれない。 「こいつ知ってるぜ。『色ボケレイモンド』だろ。ダンジョンに潜ってるでっかいエルフって言ったら他にいないぜ。父ちゃんがろくでなしだって言ってた!」 「でっけえ図体して、駆け出し冒険者からコケを横取りすんのかよ! ほんとにろくでなしなんだな!」  抗議している間にヒートアップしてきたのか、レイモンドさんに対してかなり酷いことを言い出した。体の大きい先輩冒険者に対してそういう態度を取るのはわたしだったらすごく怖いと思うけど、レイモンドさんが柔和な笑顔と口調なので軽く見てしまってるのだろう。 「おいコラ!!」 「うわっ!」 「なんだよ! 離せよ!!」  ドーソンさんが二人の襟首をむんずと掴んで持ち上げる。 「おまえらな。おまえらみたいな駆け出しがのほほんと浅い階層で無事に採集できてるのは誰のおかげだと思ってんだよ」 「あたしらがこうやって危険なところやものをチェックして管理してるから、あんたたちも食いっぱぐれないで済んでんだからね!! レイモンドはあたしらがガキのころからそれをずっとやってんだよ。あんたの父ちゃんがどれほど偉いか知らないけど、よく知らない相手に失礼なこと言うんじゃない。謝りな!!」  ぶら下げられながらリィナさんに叱られて、二人はモゴモゴとごめんなさい……みたいなことを言った。不服そうだ。 「私のことはいいんですが……。採取したコケはそのまま売りに行って大丈夫です。ですが必ずギルド公認の煙草屋に売ってくださいね。光っている物も買い取ってくれるとは思いますが、それは毒……に近い変異を遂げているものなので、次から光っていないものだけ選んで採集するようにしてください。光っている物を見つけたら、帰り際にかならずギルドに報告してください。いいですか?」  レイモンドさんが説明し終わると、ドーソンさんは二人の襟首を離した。二人はバタバタと出口に向かって走り去っていく。かなり離れたところから、小さく「バーカ」と悪態をつく声が聞こえた。 「やれやれ、あのくらいの歳の奴らはしょうがねえなぁ~」 「レイモンドが面倒見てない子たちも次々冒険者になってるからね……」 「私がこの状態では、またマノンにショックなものを見せてしまった時のようになってしまいかねないので駆け出し冒険者の指導ができていない分、致し方ないですね……。子供ならまだいいですけど、大人でも採集者はいますから気を付けて接する必要がありますね」  レイモンドさんが少し辛そうだ。そろそろ休憩を入れたほうがいいと思う。 「レイモンドさん、ちょっと休みましょう。今ちょうど凍結した区画なら人が来ないので」 「そうですね。レイモンド班、小休憩です」  マッピング班には全員鍵が配られたので、それを持っていれば凍結したところにも入ることができた。レイモンドさんはパイプに火を点け、煙を味わう。 「すぅ……げほっ。ああ……」  崩れるように力を抜くレイモンドさんを支えて、わたしは壁に寄りかからせた。 「禁止してるモンを吸ってるの見られたらコトだから、こういうところじゃないと吸えないなぁ、それ」 「癖にもなりたくないですね……」 「わたしがいる時は無理して吸わなくてもいいですよ、レイモンドさん……」 「……シルキィ君だっていつでも元気いっぱいではないでしょう……。中毒になるのは嫌ですが、ダンジョン探索中に限り……何回かに一回はこれで済ませるようにはしたいです……。宿では別ですよ……。その時には是非相手してくださいね……」 「んん……♡ もう」  吐息交じりの低い声がすごく淫紋をくすぐる……♡ 色っぽいのずるいの……♡  煙を吸った後の倦怠感がやや長引くようなので、そのあと小一時間、四人思い思いに雑談したりしながら過ごすことにした。 「しかし、奥になるにつれて出てくる変異種かと思ってたら全然浅い階層にもあるのなぁ、光るコケ」 「複数のダンジョンの浅い階層を連続で洗いなおす必要があるね。ライオット班と連携して対処しよう。今深い層に潜ってるマッピング班にも、戻ってきたら協力を仰ぎたいね」  急に出るようになった光るコケ。ダンジョン内部の変異は分岐の増減だけじゃないんだな……レイモンドさんを呑んだキングローパー(命名、おねえちゃん)もそういう産物なのかもしれない。 「この街のダンジョンに関しては早めになんとかできてますけど……よそでこの煙草が流通してしまったらそれは抑えようがないでしょうね……。せめてここが……、よくないものの産地として有名にならないようにしたいですね……」 「ダンジョンはここだけじゃないだろうしなぁ。そうだ。レイモンドの故郷って森林大迷宮のあるあたりか? この辺でエルフの里があるとこってあのあたりくらいだよな?」 「そうです……」  急に、ドーソンさんがそんな話を始めた。レイモンドさんのいたところ、わたしもちょっと興味ある。 「森林大迷宮! いいなあ。あたし、いつか探索してみたいと思ってるんだ」 「残念ながら……あそこは、エルフでも入ってはいけないと言われています……。エルフですら惑わす邪妖精が、住んでいると……。あそこに入って生きて帰ってこられた者は……いないそうですよ……」 「うーっ!! でも、いつかそんなところも踏破する奴がいるかと思うと、ロマンじゃない? あたし、森林大迷宮じゃなくてもいいからよそのダンジョンに潜ってみたいんだよ。なんとなくここで冒険者になって、この街以外の所に行くことなく大人になったからさ」 「俺はなんか店でもやりてぇな。ツブラとか、もともとレイモンドと一緒に一番目のダンジョンを踏破した冒険者なんだろ? 俺も一山当てて、腰落ち着けてぇぜ」  夢の話か。わたしの夢、わたしの夢は、一人前のサキュバスになることと、レイモンドさんの……。 「……お嫁さんとか……あ」  しまった。考え事が口に出ちゃった。聞こえないような小さな声で言ったつもりだったけど、レイモンドさんの耳がちょっとぴくっと痙攣した。聞こえちゃったかな……聞こえてないよね? わたしはごまかすように続けて口を開いた。 「れ、レイモンドさんは、夢とか。その。ありますか?」 「夢……そうですね……。私は、うっかり死んだりしなければ……長めに生きる予定ですので……もし、いつかこのダンジョンが枯渇するようなことになったとしても……子供たちが生きて行けるように……何か、できることを、したいと思っています……ね」  枯渇とかそういうこと言わないでくれよぉ、とドーソンさんがレイモンドさんを小突く。 「シルキィちゃんは? なにか夢はあるのかい?」  私の夢。さっき頭をよぎったけど、どっちも今言うわけにはいかない夢だな……。 「そうですね……。私の夢は、えっと。今は具体的なものは思いつかないので……。思いつくまで、皆さんが夢をかなえるお手伝いをするのでもいいかなって思います!」  本当に。みんないい人たちだから。夢をかなえて幸せになって欲しいなと思った。
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