34.はらぺこサキュバスと家族

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34.はらぺこサキュバスと家族

 わたしたちマッピング班は、少しの間変異したコケの区画を調査して凍結することに時間を割いた。その間、深い階層を掘るのはお預けになるので先に行きたい冒険者には不評だったけど、ギルド長からは「そういった者は進んでマッピング師になってくれ。以上」とだけコメントがあった。この街は生活のほとんどをダンジョンで賄っているから、優先されるべきは冒険より生活なのです。ってレイモンドさんが言ってた。リィナさんみたいに別のダンジョンに憧れる人や、冒険者としてダンジョンを踏破して成り上がりたい夢がある人は離れていくかもしれないけれど、安全に生活の糧を得たい人はずっとここにいるだろうって。そして、そういう人のほうが数は多いのだ。  すでにマッピング済みの変異区画は、各マッピング班で手分けして凍結し終わったので、一旦休憩を入れてまた通常のマッピング業務に戻ることになった。  わたしはというといつもの通り地上に戻ってレイモンドさんとむちゃくちゃになったあと自分の部屋に帰り、ずっと後回しにしていた自分の催眠能力について聞くために、またサキュバスの水鏡を作っていた。 『シルシルやっほ~。こないだからあんまり間あいてないじゃな~い? どうした? さみしくなった?』  あいかわらず元気いっぱいのおねえちゃんが鏡の向こうで顔をのぞかせて、やっぱりほっとする。仲のいい家族だから、どうしてもね。 「大丈夫だよ~。妹はうまくやれてます。あのね。また聞きたいことができて……」 『なになに~? ボリュームアップエクササイズの方法? エロフェロモン放出体操のやりかた?』 「うんうんそれめちゃくちゃ気になるからそれもあとで教えて欲しいけど……、そうじゃなくてあのね、わたし、催眠の能力が発現したっぽいの」 『えーっ!! ずっと使えなかったのに!!? やった! おっとなじゃーん!! おかーさーん!! シルシル、催眠デビューしたってよ!!』  おねえちゃんは自分のように喜んで、遠くに向かって大声でお母さんを呼ぶ。 「今日お母さんいるの?」 『そうそう、旅行から帰ってきたばっかりでさ。彼ぴぴもいるよ。今お土産開けてた。シルシルの分も取っておいてあるから帰って来た時にあげるね~』  そんな話をしていると、鏡の向こうからバタバタぼよぼよと走る音が聞こえた。 『シルキィ~♡♡♡ ママのひよこちゃん!!! 久しぶりねぇえええ!!! お話したかったわぁあああ♡♡♡♡』  声でっか!! おねえちゃんを弾き飛ばすようになんかもう全部がボリューミーなサキュバス女性が覗き込んで来た。彼女はチェルキィ。わたしのお母さん。サキュバスは20歳になると老化が止まってしまうので、見た目はわたしとそんなに変わらない感じだけどれっきとしたマダムで、わたしが小さいころにお父さんが祓われてしまって以来一人でわたしとおねえちゃんを育ててくれた立派な女性だ。彼氏さんは旅行好きなので、あちこち二人で見て回っていることが多い。今日は偶然帰ってきた日だったみたいだ。 『催眠が使えるようになったのぉ~?? んまぁ~♡♡ ママはねぇ~。シルキィちゃんはゆっくり大人になるタイプだと思ってたのよぉ~♡♡♡ お祝いしなくちゃ!! とっておきのラブボトル開けちゃう~~♡♡♡』 「待って、待ってお母さん! まだ全然コントロールとかできないし、意識がないときに一回使えただけなの! だから今日はどうしたらコントロールできるようになるのか聞きたいんだけど……」  お母さんは元気いっぱいの人なのでこうやってちゃんと話の腰を折らないとなかなか話がすすまないことがある。 『あららそうなのん? でも全く使えないわけじゃないってのがわかっただけでもママは嬉しいわよぉ?』 『シルシル、なかなか使えるようにならなかったからサキュバスがみんな受ける催眠講習と試験受けてないでしょ? まずはそれ受けなきゃ。一旦こっち帰ってこなきゃっぽい?』  あー、そうだった……。でも……。 「今、こっちで契約してる人がいて感覚共有してるからすぐには帰れないかも」 『あっ! そうそうその話!! ミルキィから聞いたけど、性欲の強いエルフと今契約してるのよね? 今顔から出てるオーラもその人のなのね? 聞いた通り、変わった色だわねぇ……なんだか複数の種族の生命力が混じって変わったって感じの色してるわぁ……。ねえ、ロスりん? ロスり~ん♡♡♡』  さっきのおねえちゃんみたいに、お母さんも人を呼んだ。わー、この人とも久しぶりに話すな……。 『うぃっすうぃっす~♡♡ チェルっち、俺ちゃんを呼んだな? この頼れる超カッコいい俺ちゃんをよぉ~。あ、ちゃんシルじゃん。元気?』 「ロスアスタさん! お久しぶりですっ」  お母さんの後ろから、癖のある黒髪と青紫の肌が特徴的な男性が現れて、お母さんに抱き着いてキスしてから、今度はこっちに向けて投げキスをしてきた。彼はロスアスタさん。ママの彼氏のインキュバスだ。わたしにとってはお父さん代わりみたいな存在の人。 『ロスり~ん。シルキィちゃんたら変わった色の生命力の男と契約してるのよぉ~。エルフだっていうんだけど、この色、エルフの色と違うわよねえ? 何か混ざってるわよねぇ?』 『おーん? どれどれぇ……? あ~? うーん。俺ちゃんこの色どっかで見たことあるな……。なあ、ちゃんシルよぉ。そのメンズ、どこ住み? 年いくつよ?』 「えっと……確か年は139歳……だったかな? 出身は森林大迷宮の近くのエルフの里って言ってたよ……多分」 『ん~。140年前くらいの森林大迷宮かぁ……。あー、俺ちゃんそのころ、森林大迷宮にいたわ。そいつもしかしたら知ってるかもしんねぇ』 「本当ですか? その人、エルフなんですけどとにかく性欲が強くて、体もすごく大きいんです。実は今、狂化の状態異常にかかってて、それで、わたしが催眠を使えるようになったら抑えてあげられるんじゃないかと思って、それで今日は連絡したんですけど、彼の性欲が強いのって、もしかしてオーラの色が違うのと関係あるんでしょうか……」 『いやぁ~、う~ん。話聞いてるだけだとどうもこうも言えねえなぁ~、なんせ俺ちゃん、超思慮深いもんで☆』 『じゃあ会いにいっちゃう? チェルっちも、愛娘のダーとお話したぁい♡』 『いいじゃん。二人とも行ってきなよ。留守はミルキィがしっかり守りまーす♡』  待って~? 「待って待って! まだレイモンドさんとは契約者なだけで付き合ったりとかはしてないの~!! 急に親とか出てきたら引かれちゃう!! せめて会っていいか確認してからにして~!!」 『シルキィちゃんのダーはレイモンドくんっていうの~♡ まあ~、素敵な名前~♡』 『シルシル~、どっちにしろ契約繋がってる状態で講習受けにこっち戻るのキツイっぽいし、一旦彼と話したほうがいいはいいよ~。ママなら多分淫紋オフ処置ができると思うし』  う、う~……。どうしよう。 「わ、わかった。一緒に仕事もしてるし、話してみるよ。大事な話だもんね。聞いてみる」  凄いことになっちゃったな……。まさかお母さんとロスアスタさんをレイモンドさんに会わせることになっちゃうなんて……。レイモンドさんは自分のことで決定的なことを突きつけられると逃げる癖があるってツブラさんが言ってたのを思い出して、わたしは少し不安になった。 『おけまる~。それじゃ、行っていい日がわかったらまた俺ちゃんたちを呼んでね~☆』  そのあと二つ三つ近況なんかをお姉ちゃんと話して、通話を切った。わたしは汚い水の前でしゃがみ込んで、これからどうするかをしばらく考えていた。
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