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「はああ……。龍司さん、ありがとう。どの家もすっごく素敵だった。しかも、僕が一番気に入ったところに申し込んでくれて」  帰り道、龍司の肩に凭れて拓海がうっとりと溜め息を漏らすと、龍司は僅かに頬を緩めた。 「とりあえず家具は今あるのを持って行くけど、ベッドマットレスは大分へたってるから買い換える。家電は一通りあるけど、台所回りは冷蔵庫ぐらいしかないから、拓海に任せるよ。好きなのを買っていいから」  渡された茶封筒の厚みにギョッとしながら恐る恐る覗き込むと、入っているのは予想通り現金だ。 「……家電や調理道具に、こんなにお金たくさん要らないよ」  戸惑い気味に封筒を返そうとすると、龍司は腕組みをして受け取るのを拒む。 「人が渡した金を返すな。……家電以外にも、カーテンとかカーペットとか買うもの色々あるだろう。ハウスクリーニングとか、何だったらリフォームしてもいいんだぞ。入居した後も細々したもの買うだろうから、取っておけ」 「……ありがとう。まだ新築同然だからリフォームは要らないけど、お言葉に甘えてクリーニングはしてもらおうかな」  細やかなところまで気遣ってくれた龍司に素直に感謝し、拓海は渡された封筒をリュックにしまう。  ヤクザが不動産の賃貸契約を結べるのかが気になったが、「お前は心配するな。ちゃんとやり方があるんだ」と龍司に一蹴(いっしゅう)され、手続き系は全て彼にお任せした。拓海自身の引っ越しは楽なものだ。元の住まいは家具付きのシェアハウスだったので、服や身の回りの物を収めた数個の段ボールを龍司の弟分に車で運んでもらえば、おしまいだ。カーテンやラグ、調理家電などの大きい買い物は、全て新居あてに配達と設置をしてもらった。 龍司のほうはと言えば、弟分たちが一気(いっき)()(せい)に荷物を運び込んだ。初めて見る顔のほうが多いが、全員見事に強面だ。 (そりゃそうか。みんなヤクザだもんね……)  こわごわ見守っていたが、荷物を運び終えると全員が揃って、拓海に腰を折ってあいさつした。 「初めまして。俺ら、龍司さんの弟分っス。『(ねえ)さんと呼ぶな』って言われてるんで、拓海さんて呼ばせていただきます。でも姐さんだと思ってますんで、どうぞよろしくお願いします」 「え、えっと……。こちらこそ、お世話になります」  姐さんと呼ばれ、嬉しさ半分・戸惑い半分だったが、拓海も丁寧に頭を下げる。 「本当は、新居で美味いものを振る舞ってやりたいところだが、この後、オヤジのところに挨拶に行かなきゃいけないんだ。悪いが、これでなんか食いに行ってくれ。今日は力仕事、ありがとな。みんな」  龍司は、弟分の中でも一番のリーダーと思しき挨拶してくれた青年に、丸めた紙幣を握手するようにして手渡した。 「……組長と若頭に挨拶って。なんで僕が?」 「お前が怪我してまで俺を庇ったって聞いて、二人とも会って礼が言いたいって」 「別にいいよ、そんな。お礼言ってもらうためにやったわけじゃないし」 「今どきヤクザのために身体張るような肝の据わった情婦は、いないんだ。二人とも俺の家族みたいなもんだから、俺を大事にしてくれる人ができて、めちゃくちゃ喜んでる。ヤクザの親分と会うなんて嫌だろうけど、これっきりだと思って頼む」  普段、大抵のことなら拓海の希望を聞いてくれる龍司が、ここまで必死に頼んでくるのは余程のことだ。そう思ったから、文句を言いながらも拓海は組長の家へとやって来た。しかし、その威風(いふう)堂々たる要塞のような佇まいに、思わず「ムショみたい」という言葉が出た。
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