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 (いか)めしい要塞を取り囲むような高い塀。幾つも取り付けられている監視カメラ。明らかに尋常ではない強固な車庫の入口。 「……なんか、刑務所(ムショ)みたいだね」  その独特の雰囲気にあてられ、額に冷や汗を浮かべた(たく)()が呟くと、龍司(りゅうじ)は噴き出した。 「ヤクザの家をムショとはなぁ。拓海、面白い冗談言うなぁ」  目を細め、身体を震わせて笑いをこらえている龍司の脇腹を、拓海はぶうたれた表情で肘で軽く突く。 「ごめんごめん。緊張してんのか? 大丈夫だよ。組長と若頭は、俺のオヤジと兄貴みたいなもんだ。堅苦しく考えるな」  子どもを(なだ)めるように拓海の頭にポンポンと触れる龍司の表情は穏やかだ。その瞳に、かつてのような(くら)(かげ)はないことに、拓海は密かに満たされる。 *  これまで頑として特定の恋人を作らなかった龍司だが、他の組の者に刺されても龍司を庇った拓海の愛の深さに打たれ、拓海を情夫(イロ)にする決意を固めた。その彼が最初に主張したのは、拓海の引っ越しだった。 「お前の住んでるシェアハウス、随分でかいみたいだな。誰が出入りしても分かんねぇし、個室の扉は学生寮みたいなペラッペラじゃねえか」  しかしシェアハウスのキッチンは業務用のように広く、お菓子作りに便利なのだ。それを理由に拓海が転居を渋ると、龍司は「これならどうだ」と、分譲仕様の物件のチラシを何枚も取り出す。その間取りを見て拓海は目を剥く。 「ちょ……、確かにキッチンは理想的だけどさ。こんな広い家に僕一人で住むの!? やだよー、寂しいじゃん」  思わず口走った最後の言葉に龍司は反応した。微妙に口元をへの字に歪め、頬を薄く赤らめている。 「あ、あの。別に、一緒に住んでくれって意味じゃないよ?」  彼の沈黙の意味に気づき、慌てて拓海が否定すると、今度はムスッと不機嫌さをあらわにする。 「なんだ、嫌なのかよ」 「嫌じゃないけどさ。だって……。さっきの言い方、オネダリみたいじゃん」 「……俺は、お前にオネダリされるのは嫌じゃない」  今度は拓海が頬を赤らめる番だった。龍司は男前だが、組では武闘派だ。女性を扱う仕事も昔少しやったそうだが、本人曰く『ノンケの男のように女を扱うのは無理だった』。そんなわけで、滅多に甘い言葉を囁いたりしない。不器用で素朴な彼の愛情表現は、世慣れて()れた男たちに飽いている拓海には新鮮で、却って刺さるのだ。  開き直った拓海は、物件内覧に龍司を連れ回すことにした。 「行く必要あるか? お前が気に入った家なら、俺はどこでもいいよ」  照れくささを隠そうと面倒そうに突き放す龍司を、拓海はものともしない。甘えるように彼の二の腕を掴んで左右に振る。 「だって、近所がどんな雰囲気かとか、スーパーの使い勝手とか、実際に見なきゃ分からないじゃん。 ……それに、せっかく二人で住むんだから、二人で決めたいんだよ」  可愛い恋人にそこまで言われたら、龍司も黙るしかない。彼が自分の希望を聞き入れてくれたことに気を良くした拓海は、おもむろに龍司に新しい服を差し出す。 「いつものスーツじゃ、ヤクザ丸出しで不動産屋さんが驚いちゃうでしょ? それに僕の服装とも合わないし」  拓海のチョイスは、黒のコットンリネンのセーターと濃色のデニムだ。ぶつぶつ口の中で何か不満げに言っていたものの、最終的に龍司は拓海の選んだ服に着替えた。龍司の逞しい肩や胸が引き立つし、精悍な体形はまるで青年実業家のように見える。拓海は自分のコーディネートがハマったことに満足し、うんうんとしたり顔で頷く。二人はまるで新婚カップルのように連れ立って、事前に龍司がリストアップした物件を回った。
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