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「龍司が初めて組に顔出したのは、幾つんときだっけ?」
「確か、中学二年のときでしたね」
組長の盃にお酒を注ぎながら龍司が答える。
「あの頃から、それなりに上背はあったけど、ひょろっと細っこかったよな。警戒心強くて、いつも腹空かしてて。でも目だけはギラギラしてて。野良犬みたいだなと思ったよ」
「……なんすか野良犬って。そんなに俺、薄汚かったですか」
若頭の言葉に、龍司は苦笑する。
「いや、汚いとかじゃない。人に馴れない空気だよ。あの頃の龍司は『全く人を信用してません』って表情してた」
若頭が龍司を見つめる視線は決して見下すようなそれではなく、立派に育った弟の幼い頃を懐かしそうに思い出す兄の顔だ。一回り以上は龍司より上だろうから、龍司が組に出入りし始めた頃は彼も二十代の若者だったろう。組長も大きく頷いている。
「そうだったな。疑り深くなきゃヤクザは生き残れねえけど、信じる者がなきゃ生きてく甲斐がねえから、将来が心配でな。メシ食わせたら見栄えは良くなったから、女でも抱かせたら少しは柔らかくなるんじゃねえかと思ったら、『俺、女は好きじゃないんです』って言うんだもんな。ありゃビックリした」
思わず拓海は二人に尋ねる。
「ゲイのヤクザって、あんまりいないんですか?」
二人は一瞬顔を見合わせ、組長が答える。
「あまり聞かないな。……何て言うか、一般的には『オカマ』『オネエ』みたいなイメージがあるだろ? ちょっとそれじゃあ、ヤクザには不向きなんだよな。舐められちまう。特に龍司は、若い頃は男前っていうよか可愛かったからな。今じゃ入れてない奴のほうが多いのに刺青を勧めたのも、ちょっとでも箔付けたほうがいいと思ったんだ」
「まあでも龍司は度胸が良かったし、腕っぷしも強かったから、俺らが心配する必要なかったですけどね。どんどん仕事で結果出して、あっという間に、からかってた兄貴分たちを黙らせましたから」
横から若頭が更にフォローする。横目で隣の龍司の表情を窺ったが、全くいつもと変わらない。ヤクザの世界でも、そういう意味でも苦労していたとは全く聞かされたことのない話だった。
「……そういう意味でも、龍司がパイオニアみたいなとこはあるな。今じゃ、この組のナンバースリーだからなあ。特に若い奴らの中には、密かに龍司に憧れてるのも多いんだよ」
「龍司がオヤジ公認で情夫と同棲って聞いて、ガッカリしてる奴も多いでしょうねえ」
自慢の息子・弟の出世に感慨深げな組長と若頭の話に、拓海は鼻と頬を軽く膨らませて横目で龍司を睨む。
「……ふーん? 龍司さんて、そんなにモテるんだー」
唇を軽く尖らせて自分の膝をつねる拓海の指先をそっと握り、龍司は、拓海を宥めすかすように耳元に囁く。
「馬鹿。他の奴なんか眼中にないさ。いちいち気にするな。二人とも、お前をからかってんだよ」
龍司の言葉を裏付けるように、二人は痴話喧嘩する若いカップルを目尻を下げて見つめている。お酒が入ったせいもあってか、すっかり組長の頬は赤い。
「いやぁー……。焼き餅なんか焼いちゃって。龍司、こんな可愛い情夫ができて良かったなあ」
フルーツの盛り合わせを運んできた姐さんも、嬉しそうだ。
「まあ、仲良いのねえ。でもこれじゃ、パパや若頭のおもちゃになっちゃうわね。せっかくの新居で、二人でイチャイチャしたいでしょうから、もう帰りなさい」
すっかり上機嫌になっている組長と若頭をうまくあしらうのは、さすが姐さんの腕というべきか。ウインクして見せる彼女に頭を下げ、二人は組長宅を辞した。
「……なんか、変なとこ見せちゃったなぁ」
久し振りに会った親戚の叔父さんに小さい頃の話を引き合いに出され、気まずげな思春期の少年のような微妙な表情を浮かべる龍司の横顔を、拓海は見上げる。
「僕は嬉しかったよ。龍司さんの昔の話が聞けたし。血は繋がってないかもしれないけど、あの人たちが龍司さんのこと大事に思ってることが、よく分かったから。そりゃ大事な息子や弟が初めて同棲するんだもん。相手がどんな男か自分の目で確かめたいよね」
うんうんと深く納得するように頷く拓海を眺め、ようやく龍司は目元を緩めた。彼に笑顔を返し、拓海は龍司の手を握る。
「さあ、僕らのうちに帰ろうよ。……今日からは、龍司さんの帰る家には僕がいるからね」
拓海の言わんとするところを汲み、龍司は目を眇めて小さく頷いた。
もう、龍司は野良犬のように人を避けて逃げ隠れしながら月明りの下にいる必要はない。明かりの灯る家に帰れば、笑顔で「おかえり」と迎えてくれる、帰りを待っていてくれる拓海がいるのだ。
(おわり)
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