シンメトリー

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 初夏の体育館は、爽やかな風は届かず蒸し風呂のようだった。俺は額から落ちる汗を拭う。 「柔軟やるぞ、二人一組になれー」  先生の声に反応して、周りの人たちは続々と二人組を作り始めた。俺はいつもは同じ部活のやつと組んできたけれど、彼は今日は休みだし他の友達ももう相手が決まっているようだった。  弱ったな、完全に出遅れた。  俺が周りを見回すと、安住がまだ一人でいるのが見えた。 「安住」  僕が声をかけると、彼が振り向いた。 「倉田くん、相手決まった?」 「ううん、まだ。よかったら組まない?」 「いいよ、よろしくね」  安住が目を細めて微笑んだ。彼の目は、明るいところで見ても吸い込まれそうな黒色だった。 「前屈―」  先生の号令に合わせて、安住が上半身を伸ばす。 「安住、意外と身体柔らかいね」 「中学時代は一応運動部だったから」 「今は確か文化部だよね。何部だったの?」 「テニス部。そんなに強くはなかったけど」 「本当に? 俺も中高テニス部なんだ。もしかしたら大会ですれ違ってたかも」  そんなことを話していると、先生の冷ややかな視線がこちらに向けられた。 「わっ、やばっ」 俺たちは慌てて周りのワン、ツーというカウントに合わせてカウントを始めた。  その日の昼休み、学食でお昼ご飯を食べていると俺の前の席に安住がやってきた。 「前の席、座っていい?」 「いいよ。安住が学食にいるの、珍しいね」 「そう? 週に一回くらいは来てるよ。倉田くんこそ一人でいるの珍しいね」 「マジ? 今まで気づかなかっただけか。今日、いつも一緒にいるやつ休みでさ。他のやつらもお弁当だし」 「そうなんだ。でも、僕としてはちょっと嬉しいかも。日直一緒になった日の後、なかなか倉田くんと話す機会がなかったから」  安住がいたずらっ子のように笑う。  俺はあの日、「これからも話しかけていい?」だなんて聞いたけれど、その後テストで忙しかったり他の友達との用があったりして、なかなか彼に話しかけることができなかった。本当は、教室で少し声をかけるくらいいくらでもできたと思う。もっと話してみたいという気持ちもあったし、他人に話しかけること自体はそれなりに得意だったから。でも、なんとなく緊張してしまって、後回しになっていたのだ。 「ごめんね、安住と話そうと思うと緊張しちゃって……」 「えっ、そんな話しかけづらい雰囲気出てた?」 「いや、そんなことはないけど、ちゃんと話さなきゃなとか何話そうとか構えちゃって」 「いいのに、僕、そんなたいそうな話をする人間じゃないんだから。  この前はちょっと偉そうなこと言っちゃったかもしれないけど」 「ううん、この前の安住の言葉で俺、ちょっと救われた気がしたんだ。本当にありがとう。  それで――この前はいきなりあんな話題振っちゃったけど、俺倉田くんともっと普通に話がしてみたいんだ。最近何の動画を見てるかとか、好きな食べ物とか」  俺がそう言うと、安住は真っ黒な目を丸くした。  こんなこと、ストレートに言うつもりはなかったのに。 「世間話をしましょう」なんて下手な話の振り方をしたことなんてなかった。友達になろうと宣言する小学生でもないのだから。今までのように、もっと自然に話して仲良くなりたかったのに、彼の前だとなぜかうまく話せなくなってしまう。 「つまり、普通の友達みたいに話したいってこと?」  俺は首を縦に振った。改めて言葉にされると恥ずかしくて顔が熱くなる。 「わかった、いいよ。  そうだ、倉田くんのこと名前で呼んでもいい?」 「うん。じゃあ俺もそうするね、圭」    それから俺たちは、授業やお互いの部活のこと、好きな漫画のことなどを昼休みが終わるまで話した。彼の考えや好きなものは俺と重なる部分もあったり、全く違う部分もあったりして、話していてとても楽しかった。  なにより、彼は嘘をつかないので気を使いすぎる必要がなくて楽だった。正直で自分の考えを持っていて、人を傷つけることは言わない。俺も彼みたいな人になれたらな、と思う。  圭と自然に話せるようになるまであと一ヶ月の日のことだった。
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