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雨の日は、嫌いじゃない。
傘の分、他の人と距離ができて息がしやすくなるから。何かを間違えても、雨でかき消されて気づかれない気がするから。
俺が部活の後教室に戻ると、薄闇の中机に向かう圭の姿があった。他には誰の姿もない。
「あれ、圭まだ残ってたんだ」
声をかけると、彼は顔をあげて俺の方を見た。疲れているのか、目は少し眠そうだった。
「委員会の提出物さっきまでやってて。涼は部活もう終わったの?」
「今日は雨だから、筋トレとかだけで終わり。じゃあ圭、今から帰るところ?」
「そう、涼も?」
「うん、教科書取りにきたんだけどもう帰るよ。駅まで一緒に行ってもいい?」
「いいよ。あれ、いつも涼って電車だったっけ?」
「普段は自転車なんだけど、今日は雨だから電車。歩きだと微妙に遠いんだよね」
「そっか」
圭は伸びをすると立ち上がり、荷物の整理を始めた。俺もロッカーから予習に使う教科書を取り出して、鞄に入れる。
「じゃあ行こっか」
俺たちは、日が刺さず闇に包まれた教室を後にした。
昇降口を出ると、外はまだ小雨が降っていた。歩きながら広げた傘に、しとしとと雨粒が打ちつけられる。
「もう少しで止みそうだね」
圭が斜め前から、こちらを振り向きながら話しかけてきた。歩道は傘を差しながら二人並べる幅はないため、雨の日は一列にならないと歩けないのだ。
「でも明日、地面ぐちゃぐちゃになってそうだから体育嫌だな。これだから雨嫌いなんだよな」
俺はため息をついた。
地面がぐちゃぐちゃになるのは嫌だけど、本当は雨はそこまで嫌いではない。でも、世の中の大半の人は雨が嫌いだ。だから、ついいつも俺は雨が嫌いなふりをしてしまう。
「確かに。でも僕は雨の日は結構好きだよ。――時間が少しだけゆっくり流れる気がするから」
「え、そう?」
圭の発言に思わず俺は驚いた反応をしてしまった。しまった、嫌な気持ちにしてしまっただろうか。
しかし、彼は特に気を悪くした様子なく続ける。
「太陽はきらきら光って綺麗だけど、なんとなくあの光に急かされる気がするんだ。「生命活動をもっと頑張りなさい」って。でも、雨は「今日はゆっくりしていいんだよ」って言ってくれてる気がするから」
彼の言っていることは、なんとなくわかる気がした。
太陽は生命力があふれているし、俺たちを明るい気持ちにさせてくれる。でも時々、眩しすぎるのだ。過剰なエネルギーを与えて、俺たちを疲れさせてしまう。でも、雨は雨粒で僕ら一人一人を包み込んでくれる感じがするのだ。
「……確かに雨の日は落ち着くし、時々雨が恋しくなるかも」
「そうでしょ?」
圭が振り返って、少し誇らしげに微笑んだのが傘の影から見えた。
雨は嫌いじゃない。
だけど、隣を歩く彼と距離が傘のせいでいつもより開いていることが、少しだけ残念だった。
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