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夕暮れの空に白い息が昇っていく。映画館から出ると空は既に赤く染まりかけていた。
「映画、面白かったな」
「うん、涼、誘ってくれてありがとう」
今日、俺と圭は映画を観に来ていた。俺も彼も映画の原作のファンで、たまたま予定が合ったのだ。圭と休日に会うのは、これが初めてだった。
映画は、田舎の高校が舞台の青春ミステリーで、二人の少女が日常の謎を解き明かしながら成長していくというストーリーだ。
「絵里が引っ越し前に美香と会う場面は原作でも読んでて泣いたけど、映画もだめだった」
圭が自分で自分の発言に頷きながら言う。彼の目元は少し赤かった。
「あそこは本当に切ないよね。てか、圭って本とか映画で泣くんだ。意外かも」
「たまにはね。僕のこと、血も涙もない人間だと思ってた?」
「いや、そんなことはないけど。どちらかというとクール系だと思ってただけで」
俺が慌ててそう言うと、圭はふふ、と小さく笑った。相変わらず彼は、優等生に見えて意地が悪い。
「ごめんごめん、涼が面白くてちょっとからかっちゃった」
「なんだよ、もう」
駅の方へと歩を進めると、夕闇の中に眩しい光が見えた。
「あ、もうイルミネーションの時期か」
圭がつぶやく。
駅前にはピカピカと電飾が輝いたツリーやアーチがあった。白や青の光が暗くなってきた景色に映えている。
「クリスマスも近いもんな」
「ね、二学期ももう少しで終わりだし。クラスでクリスマス会とか、するのかな」
「圭は学級委員だけど、そういうのは企画してないの」
「それは学級委員より涼の友達辺りがやるんじゃない?」
俺はクラスと部活が同じ人たちを思い浮かべる。確かにそういうイベントが好きそうな奴らだ。
「あー、確かに言い出しそう。やるなら圭も来る?」
「いや、行かないかな。塾もあるし。涼は行きそうだね」
確かに圭は打ち上げとかパーティーに参加するイメージはなかった。企画しそうな奴らと仲が悪いとか嫌っているという訳ではなさそうだけれど、騒いだりするのは性に合わないのかもしれない。ただ面倒なだけという可能性も高いが。
圭がそう言う気はしていたけれど、本人から聞くとやっぱり残念だった。
「……そっか。
まあ部活のやつらはいるだろうし、俺はそういうのも嫌いじゃないから多分行くかな」
「嫌じゃないならいいと思うよ、行くと。きっと楽しい人には楽しいことだろうから」
俺と圭の間に沈黙が降りる。気まずくはなく、むしろ心地いい静寂だった。
ふと隣を見ると、圭の横顔が目に入った。真っ黒な髪も瞳も、このまま闇に溶けてしまいそうだ。
「どうしたの?」
俺が圭をぼーっと見つめていたら、彼が不思議そうにこちらを向いた。
「ううん、なんでもない」
「そう?
――涼、今日は本当にありがとう。僕、涼と仲良くなれてよかったよ」
圭が俺の方に顔を向けて微笑む。白い息を吐きながら少し目を細める彼の姿は、服装のせいかいつもよりきらきらして見えた。空気は肌を刺すように冷たいはずなのに、顔が熱くなってくる。
「どうしたの、急に」
「いや、なんとなく言いたくなっただけ」
少しだけ恥ずかしそうに彼ははにかんだ。さっきとは違って、からかっている様子はない。
その瞬間わかった、俺は圭のことがすごく好きなんだと。
はっきりとしたきっかけはわからない、でも、気づいたら好きになってた。
雷に打たれたような衝撃、体から熱がわきあがる、そんなよくある表現とは違って、それはもっとあたたかくて穏やかで優しい気持ちだった。
圭を見ているだけで笑顔になれるような、彼のことをぎゅっと抱きしめたくなるような、この気持ちだけでどこまでも走っていけそうな、そんな思い。
この気持ちは、もう少し自分の中で大事にしたいと思った。まだ外には出したくない、圭にさえ言わないでおきたい。秘密基地のことを大人に黙っている子供のように。
「こっちこそありがとう、圭」
圭にはいつ伝えよう、俺の気持ちを。
でも、今は考えないでいいかな、この気持ちがあることでこんなに幸せだから。
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