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今日に限って体調を崩すとか、本当に最悪だ。
調理実習はさつまいもケーキを作る予定だったし、体育はバスケをやる日だった。それに、放課後は駅の近くに新しく出来たファミレスに圭と一緒に行く予定だったのだ。
俺と圭の部活の休みがかぶることは少ないから、余計楽しみにしていたのに。
俺は保健室のベッドに寝転びながら、ため息をついた。
さっき測った体温は三十七度五分。放課後までに熱が下がりそうにはないから、早退することになるだろう。
最近暖かい日と寒い日が交互に来ていたから、おそらくそのせいだと思う。秋は嫌いな季節ではなかったけれど、不安定な天気も紅葉も今は憎い。
高校生活も折り返しで、あと半分しかない。俺が圭と過ごせる時間は限られているのだ。だから、放課後一緒に遊ぶ日一日も無駄にしたくなかったのに。
そんなことを考えているうちに、俺の意識は眠りの波に飲まれていった。
「涼、大丈夫?」
意識が現実に引き戻されて目を開けると、ベッドの横には圭がいた。俺は慌てて起き上がったけれど、熱のせいでまだ頭がふわふわしている気がする。
「えっなんで」
「今昼休みだから、様子見に来た。具合どう?」
「うーん、だめかも」
「やっぱり? 保健室来る前、かなり具合悪そうだったもんね。早退するならカバン持って来ようか?」
圭が心配そうに俺の顔を覗き込む。彼のそんな顔を見るのは初めて、少し嬉しいような気がしてしまう。
「うん」と答えたら、圭はここからいなくなってしまうのだろうか。まあカバンを持って戻っては来るのだろうけれど。
――それは、嫌だな。
この時は俺は熱のせいで冷静じゃなくて、判断力も落ちていた。だから、ただただそう思ってしまった。
圭がいなくなったらさみしい、今だけでいいからそばにいてほしい。
「――もう少しだけ、ここにいてくれない? ……暇だし」
俺の思いは、びっくりするくらいぽろっと口から出てしまった。
今まで「どこまでなら友達としておかしくないか」とか「どこまでなら許されるか」とか考えながら圭と話すようにしていたのに、今日はそれができなかった。
「病人は寝なさい」
圭が諭すように言う。彼はいつも他人に容赦無く正論をぶつけるけれど、生来のまっすぐさや清らかさを感じられて、俺はいつもいいなと思っている。
「なんかさ、不安になるじゃん。熱ある時って」
「まあ気持ちはわかる。……昼休み終わるまでだからね?」
「ありがと」
「いえいえ」
俺は少し冷静になって、自分の発言が恥ずかしくなって顔が火照ってしまった。でも、きっと熱ですでに赤くなっているから、圭は気づかないと思う。
俺は自分の弱いところを見せることに、慣れていないのだ。自分自身でさえ、見たくないと思っているのだから。
「圭、今日ごめん。放課後約束してたのに」
「いいよ、それくらい。また今度行こう?」
「……うん」
今度があることに、俺はひどく安堵した。圭がこれくらいのことで怒るようなやつじゃないとはわかっているけれど、嫌われるんじゃないかという恐怖心はどうしても拭いきれなかったから。
「そうだ、明日のL H Rで修学旅行の班決めるけど、涼は一緒の班になる約束してる人いる?」
「いや、ていうか好きな人と組めるの? くじ引きとかじゃなく」
「たぶん。学級委員権限を発動させれば」
「権力乱用するなよ」
「いいんだよ、好きな人同士がいい人が多いだろうし。
それで涼、僕と一緒の班にしない?」
俺の心臓がどくんと跳ねた。体がさらに熱くなったような気がする。
クラスには圭と同じ部活の人もいるからそっちと組まなくてもいいのかな、とか俺でいいのかなとか色々な疑問が浮かぶ。でも、そんなことを口に出す間も無く俺は返事をしていた。
「えっ……いいの?」
「うん、僕は涼と一緒だと嬉しいんだけど」
「……俺も、圭とがいい」
「やった」
圭が目を細めて微笑んだ。今まで見た中で一番彼の顔に喜びがあふれていて、俺の胸にも温かいものが広がった。
圭がゆったりとベッド横の椅子から立ち上がった。
「もうすぐ昼休みが終わるから、カバン持ってくるね」
「うん、本当にありがとう」
「じゃあ、おやすみ」
圭はポンと俺の頭を撫でると、先生に声をかけてから保健室から出ていった。
「……かっこつけやがって」
俺の頭からは、いつまでもあの優しい熱が消えなかった。
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