最果ての夜に

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『おはようございます!朝のニュースです』  テレビをつけると、ちょうどニュースが始まる頃で、男女のアナウンサーが律儀にテレビの前の視聴者に向かって頭を下げた。おはようございます、と口に出さずとも心の中で返事する。  テレビの音をラジオ代わりに、顔を洗って、排尿。手を洗って、水を一杯飲む。パンをトースターに放り込んで、シャツとジーパンの入っているそれぞれのタンスから一番上にあるものを引っ張り出して着た。  いつもの朝。いつもの、大学に行くための朝。今日は一限からあるので面倒くさい。  でもそんなこと思えるのも今日までなのだ。さっき、アナウンサーが『朝のニュースです』と言っていた。あれは明日から何と変更されるのだろう。  地球ができて、約46億年。僕は気象も地学も天文学もそこまで詳しくないので、例外があれば申し訳ないが、46億年ずっと日照と日没を繰り返していたはずだ。朝と夜が、昼と夜が、必ず存在していた。しかしどうやら、今日を最後に夜が消滅してしまうらしい。 『本日が最後の夜ということで、街の花火職人に心境をお伺いしました』  やめてやれ、鬼畜な。他人事ではありつつも、ちょっとだけ職人に同情しつつ、焼けたパンにバターを塗る。齧ったら熱すぎて少し舌を火傷した。  夜が消滅する、と明らかになったのは約一年前。世界気象機関が、2つ目の太陽が存在することを発表した。2つ目の太陽はあまりにも唐突に発見され、急激なスピードで地球に接近し、遂には大気圏の外で留まる。それが一年前の一年後(つまり今日)だと予想された。  あまりにも急すぎる発表に、世界中が混乱に陥った。花火職人はもちろんだが、飲み屋もそうだし夜職と言われる水商売も悲鳴を上げた。  ただの大学生である僕は、正直、夜がなくなることで自分に実害が及ぶ事例があまり思い浮かばなかった。確かに暗闇で寝れなくなるのは若干嫌だが、遮光カーテンがあればどうにでもなるし、むしろずっと明るいなら夜更かしする罪悪感がなくなる。ていうか"夜更かし"という言葉そのものがなくなるのでは。  世界には白夜と呼ばれる現象があるのだ。毎日白夜だと思えばいい。太陽光発電は活発になるし、洗濯物は一日干しておける。夜だからと遠慮していたポテチも食べ放題。 「…ポテチ買い溜めしとこ」  パンカスのついた手を払って、ポテチのことを脳内にメモした。歯を磨くために洗面所に向かうとき、テレビの中では『最後の夜は恋人と過ごす』とカップルが街頭インタビューに答えていた。
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