最果ての夜に

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 大学が終わって、日が沈み始めた頃、大学の玄関で別の授業を受けている加賀美さんを待った。待っている間に今日のイベントをいろいろと調べてみたら、自分が興味を持っていなかっただけでどこもかしこも最後の夜を惜しむようにイベントを予定している。  ある町では数万の花火が打ち上げられ、ある街ではキャンプファイヤーを、ある町では灯篭を川に流すらしい。  ざっと日本のイベントしか見ていないが、海外も同じように各地で盛り上がりを見せるのだろう。今更になって今日が最後の夜だということを実感して悔しい。もっと危機感を持つべきだった。  自分の不甲斐なさに落胆していると、メッセージアプリが通知を鳴らした。一限目でアカウントを交換した彼女から[どこにいる?]とのメッセージ。 [玄関脇のベンチに座ってる] [学食のテラス席に来て] [いいけど、どうして?] [夕日が見れるのも最後だから]  言われて気づくことが多い。今日の夜が最後、ということは、明日以降はもう太陽は沈まないのだ。  キャンパストートを持って、エレベーターに飛び乗った。最上階にある食堂のテラスに走って行けば、彼女だけじゃなくて他にも生徒、教職員さえ集まっていた。 「あ、来た」 「ごめん、お待たせ」 「もう少しで沈みそう」  みんなの視線の先には、立ち並ぶビルに飲み込まれるように、太陽が燃えていた。街をオレンジ色に照らす。照らされた街は呼応するように影を濃くして、地球を少しずつ暗くしていく。  夜が来る。太陽がじりじりと沈むにつれて、闇が近くなる。今までも夕日が沈むのを見たことはあるはずなのに、物理的に夜が来るということをこんなにも実感したことはなくて、ただ当たり前に太陽が沈むのを綺麗だと思ってた。思ってたことが、今は思えない。 「悲しいね」  彼女が言った。僕は悲しいとはまた少し違う感情だったけれど、共感はできた。でも具体的に何がと聞かれれば、答えられない。きっとみんな同じはずだ。  今までずっと当たり前だと思っていたことが、突然なくなる。ずっとあると信じて疑わなかったことが、突然消滅する。沈んでいくあの明るさの源は、明日も現れるというのに、夜だけがなくなる。 「地球の裏側は、もう夜がなくなったんだって」  リアルタイムで呟かれるSNSでも見たのだろう、誰かが言ったのを聞いて、僕はゾッとした。重く軽い、なんとも言えない空気が場を包む。  今沈んでいった太陽は、地球の反対でどこかの国を照らしている。明日の朝、その太陽が日本に顔を出しても、地球の裏側では世界気象機関が発見したもう一つの太陽が現れて、そこから2つの太陽が日の出入りを繰り返す。1つの太陽が沈んでも、反対からもう1つの太陽が出てくるから、常に空は明るい。  夜が来る。目の前がだんだんと暗くなっていくのに、日本の裏側は、一足先に明るい世界のスタートを切ったという。 「沈んだね」  辺りが暗闇に染められて、街の明かりがぽつぽつと目立つ。彼女の言葉に、僕はただ頷いた。  ばらばらと大学構内に戻っていく人たちと一緒に僕たちも建物の中に入った。人工的な明るさに一瞬だけ目が眩む。 「この電気もさ、もうお役御免になっちゃうんだね」  彼女は天井を見上げた。そんな加賀美さんの寂しげな表情を見て、胸が締め付けられる。今、この明かりが消えれば、この表情すら見えないほどの暗闇なのに。 「ここからみなとみらいにはどうやって行くの?」  狂いそうになる思考を戻すため、分かっていることをわざと聞いた。 「一旦JRで横浜まで行って、みなとみらい線に乗り換えかな。その前にご飯も食べなきゃね」 「何がいい?」 「そうだねぇ…」  言いながら、彼女はスマホで[都内 ディナー]と調べて、出てきた答えをスクロールしていく。ディナーと言えるのも最後だ。死ぬわけでもないのに、なんだか最後の晩餐みたいで恐ろしい。 「どこも満席かも。ファストフードでいい?」 「僕はなんでも。じゃあ、みなとみらいで好きなの買って、食べながら夜景見る?」 「最高」
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