第三章 イベントへ行こう

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第三章 イベントへ行こう

「雪華さー……あれ、真白さんも」  社務所にはまさに今さっき話にあがってた妹さんが来てた。  見た目30代くらいのバリバリのキャリアウーマンで、超やり手の社長。 「お久しぶりです、東子様。社用で来たのですが、どうやらあのアホが来てたようですね?」  わぁお。 「えーと……兄妹仲悪いんですね?」 「それはもう」  にっこり即答。恐い恐い。 「お聞きになったでしょう、クズっぷり。遊んでばかり、金だっていくらでも使えて当然と思ってたし。金目当てで女が群がってるだけなのに気づきもせず浮かれてて。あんなのが兄だなんて。ブチ切れてもうとっくに兄妹の縁切ってますけどね!」 「真白さんとご両親、私の四人そろって文字通り背中蹴っ飛ばして追い出したんでしたわね~」 「息ぴったりだったわよねー。打合せしたわけでもないのにね~。ほほほ」  上品に笑う女傑二人。  この二人敵に回しちゃあかん。 「その後? 自業自得です。やっと目が覚めて真面目に働くようになった、って遅い。いまだにうちの敷居は跨がせません。雪華に泣いて復縁迫ってるのもほんとごめんなさいとしか」 「真白さんが謝ることではありませんわ。だってもう縁切ってるじゃありませんの」 「そうだったわぁ」 「ほほほ」  ……これでもアタックし続ける鶴山さんの根性すごいな。 「そうそう、東子様。今、雪華から探知アプリのこと伺いましてインストールしました。うちの会社は全国に支店がありますから、信頼のおけるスタッフにもインストールさせてお手伝いしますね」 「ありがとうございます。お仕事忙しいのにすみません」 「いえいえ、接客業ですから多くの人をチェックできますもの。最近は玉藻の前にアイドルグループの衣装を依頼されることも増えまして、芸能界の仕事はなおさら大勢の人をチェックできます。ああ、紹介者はあのアホです。仕事と私情は別ですので受けました」  シビア。 「それつながりでイベントチケットをもらいましてね。6枚あります。お友達とどうぞ」 「え、いいんですか? これって今話題のグループじゃないですか。巧お姉ちゃんがファンの」  チケット見てびっくり。これまでのアイドル路線とは違い、真面目に日本の伝統芸能を演じ、広めるために玉藻の前の事務所が作った芸人集団だ。  外見年齢も50~70代という高めに化け、日本舞踊・詩吟・能・歌舞伎・落語といった伝統芸能をやってる。古典から現代風にプロジェクションマッピングを使ったものまでやり、幅広い層から支持を受けてる。  なにしろすごく上手いらしい。元々狐だから上手い上に、日本史に出てくるレベルのプロの活躍をリアルタイムで見てたのよ。それを完コピしてるわけ。  半端ないクオリティの高さとレトロなものがうける現代、若い美男美女アイドルグループより人気なんだって。 「どうぞどうぞ。私は仕事がありますし」 「わー、ありがとうございます。巧お姉ちゃん喜ぶだろうな。雪華さんも行きましょうよ」 「お邪魔じゃありません?」 「だって、あたしと九郎、巧お姉ちゃんと上弦さんで四人でしょ。まだ二人枠残ってる。もう一人は巧お姉ちゃんに誰かいないか聞いてみるとして」  連絡してみたら電話の向こうですごく喜んでた。 「えー、ほんとにいいの? やった!」 「あと一人分残ってるんだけど、誰かアテある?」 「どうしたら課長はどう? 観阿弥・世阿弥が活躍してた当時ファンだったらしくて、その完コピしてるのテレビで見て以来ファンだって聞いた。他にも知ってる元ネタいっぱいあって懐かしいんだって」  飛鳥時代生まれだもんね。 「いいよー。集合時間とか詳細は後で送るね」    ☆  当日。電車だと3.40分くらい―――ただし九郎の神通力で移動は一瞬―――のところにある大きなイベント会場にやって来た。アイドルのコンサートや劇団の地方公演とかで使われる、収容人数数百人の室内型施設。  席は最前列だった。 「いいのかな、こんないい席……ていうか美木課長、縮みました?」  普段大柄でインパクト絶大ボディなのに160センチくらいになってる。ムキムキなのは同じだけど。 「映画館とかではこうやって小さくなるようにしてるのヨ。周りの人に迷惑デショ」 「どうやって縮めてるんです?」 「筋肉の神秘ヨ☆」  バチーン☆てウインクして返事する課長。  法力じゃないんかい。  始まるまでパンフでも買いに行くか、と売店へ。グッズとか見てると鶴山さんが飛んできた。 「よかった、い」 「寄るんじゃありませんわ」  すかさず雪華さんのチョップ炸裂。 「チッ……あんたがいると知ってたら来なかったのに」 「違うって雪華! 超大事な用があって! 九郎様、美木課長、ちょっといいですか?」  ただごとじゃないと悟り、全員人気のない奥の廊下へ。  鶴山さんが焦った顔で話す。 「来場者の中に小さい虫の妖がついてる人がいたんです。実は蟲毒に一時誘拐されたうちの一人が知り合いで……顔見知り程度っすけど、行方不明直前にたまたま見かけた時、同じようなのつけてたんですよ」 「!」  九郎と美木課長は顔を見合わせた。 「そんな報告なかったワ。被害者は全員フツーの一般人。周囲もそうだから見えてなかったのネ」 「まずは分身をつけておきマークしてあるってところだろうな」 「しかもその知り合いと今回見かけた人、似た気質だと思うんです」  ? なんでそんなこと分かるんだろ。  雪華さんが理解したといったふうに、 「銀太の踊りは人を惹きつけます。それはつまり相手の好みや性格を瞬時に見極め、好かれるものを組み立てているからです。本来は見ただけで正確に分かる才能を持ってるんですよ」 「あれ、でも金目当てで寄ってきてた女性たちの本音に気づかなかったんじゃ……」 「その件で懲りて開花したんです」  あー、なるほど。 「銀太クン、その人の顔覚えてる? 探しまショ」  鶴山さんと美木課長は会場へ走った。  少しすると肩に担いで戻って来た。 「騒がれると厄介だから、悪いけど気絶させたワ」  首の後ろをトン、的な? 「くっついてた虫はこっち。捕獲したわヨ」  捕獲アイテムらしき球体を手で隠すようにして持ってる。虫嫌いのあたしに配慮してくれたんだろう。九郎もさりげなくあたしの前に立ってくれた。  つか、それ、形状がモンス……あれに似てるんだけど。赤と白のボール。 「あの、あたしも見たいです」 「えっ? 東子ちゃん大丈夫?」 「いつまでもパニック起こしてばっかじゃだめですから。敵がどういうやつなのか知っとくことも大事ですし」  課長は「どうする?」というように九郎に目で問う。 「東子がそう言うなら。でも無理はするなよ」 「大丈夫。九郎がいてくれるから見られるんだよ。てか、中身よりも捕獲アイテムの形状のほうが気になるし……巧お姉ちゃん、これ絶対作る時あれ思い浮かべてたでしょ。モン……」 「ストップ。著作権」  ゲットだね。 「さすがにまんまはマズいから色変えて模様も付け足したけど、やっぱ連想するよね……。いやね、マンガやアニメのアイテム元ネタにしたやつってすごい人気なのよ。特に海外からの注文が」 「でしょーね」  ぶっちゃけあたしも使ってみたい。 「解析して探知アプリアプデに使えないかやってみます」 「よろしくネ。念のため探してみたけど他にはいなかったワ。……と思ったら出たわネ」  九郎と美木課長が前方を睨みつけた。そこには巨大な羽虫が飛んでいた。  九郎の蛇の頭が二つ、守るようにあたしに巻きつく。  上弦さんも狼の姿になってうなり、巧お姉ちゃんをしっぽでくるんだ。  雪華さんは反対側を向き、背後を警戒。 「何あれ」 「映画の撮影?」  通行人が気づき、スマホ構えて集まってくる。  まずい! 「散れ」  九郎が低く命じた。  人々を神通力で操作し、遠ざける。フラフラとみんな歩き去った。  巨大昆虫の口から蟲毒の声がした。 「よく見つけたねぇ。最近あちこちで嗅ぎまわってるみたいだから、さらに小型化して妖力も小さくしたのに」  美木課長はフンと肩をいからせて、 「当然デショ。ところでそんな分身じゃなくて本体で出てきたらどうなノ? 逃げ回るのも疲れたんじゃなぁい?」 「ごめんこうむるよ。またあんなとんでもないメンツでかかってこられたらたまらない。ああ、そいつはもういらないから」  気絶してる男を指す。 「そいつもダメだった。なかなか僕の器になれる人間はいないなぁ。でも代わりにこれだけ人間がいれば食事くらいはできそうだ」  地面に無数の小さな虫が現れた。もちろん全てやつの妖力で作られたもの。  一斉にイベント会場へ走り出す。  うっわ。小さいから攻撃も当てづらいし、見た目もキモイし最悪!  真っ先に動いたのは美木課長だ。  一瞬で回り込み、合掌して力をこめる。 「はあッ!」  法力で大群を一掃。  声の風圧と絵面のインパクトもありそう。 「うわ、すごい。あんな小さくて数いたのに」 「美木課長って見た目から筋肉系の攻撃しかできないって思われがちだけど、違うのよ」  たいてい筋肉で倒してて、あんま法力使わないよね。  蟲毒も感心して、 「へえ、今の力なに?」 「法力ヨ」 「法力? ……ってお坊さんが使うやつだっけ?」 「そうヨ。アタシ、元は僧侶だもの」 「………………………………………………。その姿としゃべりで?」  ものすごく分かるよそのツッコミ。 「アラ、趣味や嗜好は個人の自由ヨ。多様性を尊重するこの時代にそういうの否定するのはダメよぉ」 「……お坊さんって殺生いけないんじゃなかったっけ?」 「アタシが生まれ育った時代は、それはそれはひどいものでねェ。生きてくのが精一杯。善良な人々が虐げられ、最悪死ぬ場面を嫌というほど見てきた。だからアタシは決めたのヨ。そんな人々を守るためにこの肉体を鍛え、使おうと。弱きものを守るためにこの拳はある!」  力強く宣言して拳握る美木課長。バトルものの燃え盛る背景が見える気がする。  さすが警察官の鑑。主人公いけるんじゃないですかね。え、マッチョでオネェで服装もインパクトありすぎるこんな主人公は嫌だ?  そうこうしてるうちに、つーかそうやってひきつけてるうちに九郎が巧お姉ちゃんも入れて建物全体をバリアでくるんでた。 「完了。さて、さっさと片付けるか」 「あーあ、せっかくのごはんが。まぁいいか、よさげなねぐら見つけたし、そっちで食事もできそうだし……」 「なに?」  鋭く九郎が聞き返す。蟲毒ははぐらかした。 「かくれんぼしてた僕を見つけたんだから、ごほうびにちょっとだけ遊んであげるよ。じゃあね」  巨大昆虫が十匹くらいに増えた。  う。 「東子、大丈夫か?」 「……ちょっと不快だけど大丈夫、パニックにはなってない」 「無理はするな。俺と美木課長が片付ける。上弦はサポート。東子と雪華は流れ弾の対処など周辺の被害を食い止める役目を頼む」 「了解!」  真っ先に先陣切ったのは言わずもがな、美木課長。 「法力パーンチ! 法力キーック!」  力強い拳と蹴りで次々虫が粉砕されていく。 「あれ、法力っつーか物理じゃ……。わぁ、パンチ一発で地面割れた。マグマ出てきそ」 「私がいて直せるから遠慮なく力ふるってるなぁ、課長……」  ああ、巧お姉ちゃんの錬金術ならさくっと一瞬で元通りですよね。  九郎も結構容赦ない。ウォーターカッターの原理で主に飛行タイプ倒してる。分担。  神様である九郎と鶴の妖である雪華さんはもちろんのこと、あたしもやろうと思えば飛べるけどね。先祖の力使って、魔法のホウキか超能力か重力操作か風遁の術あたりで。  ただし先祖の力は使えるようになったとはいえ、一度に一つしか使えない。飛んでも防御も攻撃もできないな。  てわけで虫の攻撃が周辺の建物に及ぶのを防ぐ係を……。 「うわっ、何あれ建物食べてる?!」  大型トラックサイズのアリ型妖がコンクリ製の建物をバリバリ食べ始めた。  どういう顎してんの。食べるとどんどん大きくなる。 「蟲毒は他者を食らい、より強力になってできたもの。無機物もいけたのか。相手の性質を取りこむとなると、体の強度が増すとか?」 「九郎様、それがしが」  上弦さんが吠えた。  超音波が巨大アリを粉砕した。 「巧の仕事を増やすな、愚か者」 「わぁ、上弦さんも前より強くなってる」 「ゲン、このところ大物の賞金首捕まえまくってるの。修行だって言って」 「当たり前だ、強くならねば。二度もやられはせん。修行と同時に金も稼げて一石二鳥だ」 「危ないからほどほどにしてって言ってるのに。お金だってそんな、贅沢したいわけじゃないし」 「巧お姉ちゃんかなり稼いでるよね? 特殊な技術職は別途報酬が出てるはず」  例えば超強い妖を捕獲するためのアイテムとか、今回みたいな探知アプリ製作すると特別報酬が出るって聞いた。  九郎が重々しく、 「東子。そこは男のプライドの問題だ」  うんうんとうなずく上弦さんと鶴山さん。 「分かります。僕も、どうあがいても雪華の稼ぎに敵わないのは承知してますが、でもできる限り働いて近づきたい。何でもいいから役に立ちたいんです。だから雪華、手伝―――ごふっ」 「邪魔っ!」  背中踏み台にされた鶴山さんは地面にべちゃっとつっぷした。  跳躍した雪華さんは華麗に吹雪で虫をせん滅。美しィー。  巧お姉ちゃんが気の毒そうに、 「えっと……気を遣って鶴山さんもバリアの中入れといたげたほうがよかったかな……?」 「それこそ男のプライドがな。こういう展開はいつものことだから放っておけ」 「……残念な、失礼、気の毒な……」 「うう……雪華ぁ……」  べそかいてる鶴山さんに対して雪華さんは塩対応。 「戦闘能力皆無なくせに戦場に出てくるんじゃありませんわ。邪魔」 「戦えなくても踊りで仲間のパワーアップはできるもん!」 「いい年して『できるもん』とか言うな」  へえ、そうなんだ。  え、またあの踊り?  おっと、いけない。あたしもやらなきゃ。  左腕にはめた腕輪に触れ、念じる。  攻撃発射しようとしてた虫の正面に、陰陽師が使う系の魔法陣が出現。攻撃ははねかえって虫を直撃した。  よし、トラップ成功。  『邪神の監視人』扱いされてた加賀地家はワケあり能力者が嫁・婿に来ることが多かった。その結果、あたしは古今東西様々な種族・能力者の血が混じりまくってる。  いいじゃないかと思うかもだけど、あまりに色んな力が混じりすぎてて発動できない宝の持ち腐れ状態だった。人間の肉体じゃ耐えきれないってのもあったと思う。  成長するにしたがって力も大きくなるしコントロール方法を身につけたほうがいいってわけで、九郎がこの腕輪を作ってくれた。九郎のウロコでできた神器レベルのアイテムに力を個別に分けて軽く封印。引き出しにしまっておく感じ。必要に応じてそこから出して使うという。  たださっき言ったように一度には一つの能力しか使えない。切り替えもすぐには難しい。 「すごいわね東子ちゃん。それ何の先祖の?」 「平安時代の陰陽師だって。反射の術しか使えなくて追い出されたらしいんだけど、それってつまり超強力な呪詛返しができるって意味だったそうだよ。蟲毒も呪詛の一種でしょ? 効くんじゃないかと思って」 「確かに」 「ちなみにそのご先祖、当時いためっちゃ強い呪詛師に唯一対抗できる呪詛返しの使い手だったらしい。そのことに後で気づいた親族は慌てたけど、後の祭ってアホな後日談があってねー」 「いつの時代も愚かな人間がいるものだな」  扇動された人間たちに封印された過去のある九郎はため息ついた。  そんな話をしながらも作業は続け、数分後には全部の虫を駆除完了していた。 「すべて片付いたようだな。もう妖気を感じられん。小さな虫もいない」 「向こうもあんまりやる気なかったみたいだし、追加が来ることはなさそうネ。にしてもねぐらを見つけたとか気になること言ってたわよネ?」  ねぐら。 「言い方っていうか表現が気になりますよね」 「人間じゃないんじゃないか? 人間なら前のように『器』と言うだろう」 「ていうと何らかのアイテムというか、『物』カシラ」  九郎と美木課長は顔を見合わせた 「あれだけの怨念が入れるアイテムとなると限られる。比良坂士朗に連絡しよう。いわくつきアイテム処分を仕事にしているあいつが一番詳しいはずだ」 「こっちでも一応調べてみるワ。もちろん妖狐警察にも連絡しまショ」  二人が連絡してる間にバリア解除して出てきた巧お姉ちゃんは被害状況を確認し、修理に必要なものをリストアップ。上弦さんが影を使った移動で課の倉庫から運んできた。 「ありがと、ゲン。さくっと直しちゃおう」  巧お姉ちゃんが素材の山に触れると変形。一瞬で壊れた街並みが元通りになった。 「うーん、いつ見てもすごい」 「そう? こうやって材料がなきゃできないんだから万能じゃないわよ。東子ちゃんと違って私が受け継いだ能力はこれだけなのよね。まぁ本家じゃないし」 「イヤ十分でしょ」  遠縁にあたる巧お姉ちゃんもかなり人間外の血が混じってる。けど本家・分家に限らず発現する能力はみんな一人一つだ。たぶんそうでなきゃ体がもたないんだと思う。  例外はあたしだけ。実はあたしの父方は『邪神を倒した英雄』の子孫。良質な能力者を代々取りこんでいた。そんな家系と母方の二つの血筋が合わさったら……なんか妙な反応起こすよなそりゃ。 「復旧作業ありがと巧ちゃん。あーあ、もう公演始まっちゃってるワ。どっちにしろアタシは署に戻らなきゃだけど。アナタたちは入れるなら入れてもらったら?」 「いえ、途中入場は迷惑になりますからあたしたちもあきらめます」  残念だけど仕方ない。 「すみません……後日僕から改めてチケットお送りしますので」 「いやいやいいですよ、鶴山さん、そこまでお気遣いなく」 「公演を守って頂いたのですから、そのお礼です」  上弦さんが不満げに虫のいた辺りに向かってうなった。 「あの虫め。今度は巧の楽しみを邪魔しおって。万死に値する」 「まぁまぁ、ゲン。しょうがないって。それよりよくがんばったね はい、ごほうび」 「あぐあぐ」  巧お姉ちゃんにナデナデしてもらう+犬用ジャーキーでめっちゃごきげんじゃん。  あ、なんか九郎がうらやましそう。あたしもあげよう。  バッグから常備してるお菓子を出し、巻きついてる蛇にあげた。九郎はたいてい一つは蛇の体を背中から出してあたしに巻きつけてる癖がある。安心するらしい。  傍から見れば「JKが蛇に絞め殺される!逃げてー!」ってパニクる構図だけど、慣れた。  上弦さんの甘えぶりを初めて見る鶴山さんはめちゃくちゃ目こすってた。 「え、あれって本物の上弦様ですか? なにか憑いてんじゃ。はっ、毒にやられました?!」 「嫁に甘えるのは普通だろう」 「九郎様もえらい変わりましたよね……? ペットすか」  上弦さんがジロリと睨むと、鶴山さんは「ひえっ」て叫んで雪華さんの後ろに隠れた。  あ、雪華さんが首根っこひっつかんで前に押し出した。 「そういえばそいつどこかで見たことがあると思ったら、雪華の夫だったか。それがしを見るとおびえるのは変わらんな。嫁の後ろに隠れるなど、オスとして情けない」 「そそそれは分かってるんスけどぉ。僕は弱い妖なんですよ! それに引き換え、雪華はクールで有能でかっこよくて強くて超頼りになるんです!」 「政略結婚、しかもとっくに離婚した元嫁ですわ。今はただの他人。さっさとどこかにおゆき」 「あ~れ~」  鶴山さんはぶん投げられて会場の建物に放り込まれた。  さ、さよーならー。  この元夫婦は……仲直り無理かな……。  とりあえず残念過ぎる元夫さんにエールを送っておいた。あそこまで情けないと気の毒すぎて応援したくなるね。  何かを察知した雪華さんがあたしに言った。 「東子様。私は絶対によりを戻すつもりなどありませんので」 「うん、理解した。えーと、他の人と再婚とかは?」 「それもしませんわ。そもそも結婚願望ありませんの。独り暮らしでバリバリ仕事してるほうが楽しいので」 「そっか。価値観はそれぞれだしね」  結婚だけが幸せというわけじゃない。幸せの基準は人それぞれだ。既婚だろうが未婚だろうが離婚だろうが、その人が幸せな人生を送ってるなら他人がとやかく言うことじゃない。  雪華さん妖だけど。たぶん雪華さんの親はこういう性格を分かってたから無理にでも結婚させたんだろうなぁ。けど相手が改心しなかったのが敗因だったと。  結婚しさえすれば幸せってわけじゃない、まさにその例だね。 「さ、あたしたちも帰ろっか」          
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