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第1話 取り憑かれた!?
「ああっ、また写ってる!」
「善処するとは言ったけど、写らないなんて言ってないよ」
「なんなの、もう!」
すかっ……
思わず投げつけたフィルムケースが、相手の体を通り抜ける。
「そういうの、無駄だって知ってるでしょ……美里は、いつになったら学習するんだろうね?」
「もうっ、死んじゃえバカ!」
「既に死んでるんだけど?」
「くぅッ……腹立つ~」
幽霊には二種類ある。
写真に写りたがる幽霊と、写りたがらない幽霊だ。
私に取り憑いてるのは、写りたがるほう――
県立三街道高校写真部の部室で、私――三代川美里は、ふんまんやるかたない気持ちをもてあましていた。
現像したばかりのフィルムには、全部のコマに男子生徒――いま、私の目の前にいるヤツのニヤケ顔が写り込んでいる。
彼の名前はユウ。
私に取り憑いている幽霊だ。
青みがかかったブレザーに灰色のスラックス、えんじ色のネクタイ――この学校の制服を着ている。
背は私よりも頭一つ分高い――170cmくらいかな。
普通体型で、顔はあっさり系。どちらかと言えばイケメン寄りだけど、いつもヘラヘラしているのが神経に障る。
「そのニヤケ顔、やめてくれる?」
「元々こういう顔なんだって」
「だったら、お葬式とか大変だね」
「今後、他人のお葬式に出ることはないと思うから、大丈夫」
「皮肉を言ってるんだけど?」
「知ってる」
「…………」
いちいち腹が立つ物言い……ほんと、ムカつく。
ちなみに、ユウって名前は私が付けた。
だって、自分の名前がわからないっていうから。
幽霊だからユウ――我ながら安直な名前だとは思うけど、こんなバカ幽霊にはそれで充分だ。
ユウには、私に取り憑く以前の記憶――つまり1週間より前の記憶が一切ないらしい。
記憶がないってことは、私に取り憑いた理由もわからない。
誰かに相談したいけど、あいにく私には友達がいない。
写真部だって、部員は2年生の私ひとりきり。
必然的に、私が部長ということになってしまうわけで……そういうの、向いてないのに。
それでも、夏休みに入るまでは、引退前の3年生がいた。
だけど今は10月。
受験前の追い込み時期。
引退した先輩に余計な負担をかけたくない。
後輩もぜんぜん入ってこないし……このまま年度末を迎えると、写真部は消滅してしまう。
今年度中に、私も含めて部員を最低3人は確保しないと……。
「はぁ……コンテストで賞を取って、写真部の優秀さをアピールしようと目論んでたのに……」
「それで部員を増やそうと?」
「そう……それなのに――」
がっくりと肩を落とす私。
「まぁ、そう気を落とさないで」
ピキピキ……
「だれのせいだと思ってるの!」
「……えっ……もしかして、僕のせい?」
さも、心外だと言わんばかりの表情。
「あたりまえでしょ! あなたがヘラヘラした顔で写り込んでるせいで、作品の緊張感が台無しなの!」
「そんな言い方されると傷つくなぁ……幽霊にだって、感情はあるんだよ?」
「私の感情はどうなるの? そもそも、なんで全部のコマに写り込んじゃうわけ!?」
「それなぁ……自分ではどうしようもないんだよね」
「軽く言わないでよ」
「自分……では……どうしようもない、んだよね……ふぅ……」
「言い方変えただけでしょ!」
「美里が軽く言うなって言うから、精一杯、深刻そうに言ってみたんだけど?」
「そういうことじゃないの! ねぇ、どうしたら私から離れてくれるの……」
「さぁねぇ……記憶が戻れば、あるいは」
幽霊の記憶喪失なんて、どうやって治せばいいんだろう……。
窓から差す西日で部室が赤く染まる。
山へ帰るカラスの鳴き声が、かすかに聞こえてきた。
日中温かくても、日が暮れると肌寒くなる時期。
セーラー服って、夏暑くて冬寒い。
学校指定のカーディガンを着込んで暗室の片付けを始めた。
◇ ◇ ◇
ユウが私に取り憑いたのは、1週間ほど前の放課後だった。
それより前から取り憑いていたのかもしれないけど、ユウの存在に気づいたのが、その時点だったってこと。
その日、私は部室で〈秋をテーマにした高校生写真コンテスト〉用に撮影したフィルムをチェックしていた。
「ん……なんだろう、これ?」
フィルムの全コマに渡って、撮った覚えのない影が映り込んでいる。
はじめは光線漏れか何かだと思った。
そういえば、しばらくカメラの点検をサボっていたっけ……。
せっかく良い作品が撮れたと思ったのに、つまらないミスで台無しにするなんて……私のドジ! のろま! カメ!
ため息をつきながら、もう一度フィルムを眺める。
「あれっ?」
ルーペを使って丹念にチェックすると、どうも写り込んでいるのは人影っぽい。
印画紙にベタ焼きしてみると、その人影は幽霊だった。
ベタ焼きというのは、フィルムを印画紙に密着させ、原寸でプリントしたものだ。
黒白のネガフィルムだから、プリントして反転させると写っているものが確認しやすい。
それはさておき、この人影がなぜ幽霊だと断定できたのかって?
見た目がもう、〈ザ・幽霊〉だったから。
その幽霊は、若い男の子――高校2年生の私と同じくらいの歳に見える――で、白い着物姿、額には三角の布――いわゆる死に装束ってやつ。
両手を胸の前でぶら~んとさせている。
ありがちな〈うらめしや〉のポーズ……こんなの幽霊に決まってる。
誰かのイタズラじゃないことは確かだ。
私がシャッターを切ったとき、周りには誰もいなかった。
だいたい、死に装束姿の男が周りにいたら、いくら鈍くさい私でも気がつくはず。
だけどこの幽霊……格好はいかにもだけど、表情が幽霊らしくない。
いや待て……幽霊らしい表情ってどんなのだ?
青白い顔、上目遣い、恨み言を言いたげな口元――だいたい、そんな感じだろう。
ところがこの幽霊、カメラ目線で満面の笑み。
〈ニカッ!〉という擬音まで写ってそうな、輝くばかりの笑顔なのだ。
「なにコイツ……」
私は恐怖よりも苛立ちを覚えた。
と、耳元で声が――
「へぇ……なかなか良く撮れてるね」
「ッ!」
ぞわぞわっ!
体中に鳥肌が立つ。
振り返ると、死に装束の男――写真に写っていた幽霊だ。
「ひっ……ひえぇ……」
うめき声とも悲鳴ともつかない、へんな声が口から漏れ出る。
「あの……なにもそんなに驚かなくても……」
「うっ……あっ、あ……」
ぺたんっ!
後ずさろうとした私は、足を絡ませて尻餅をついてしまう。
すぐに立ち上がって逃げようとするのだが、足に力が入らない。
腰が抜けるって、こういうことなんだ……緊急事態にもかかわらず、頭の一部はそんなことを考えている。
「大丈夫?」
「だだだ大丈夫じゃない……けど……」
「本当にごめん……どうやって現れたら、そんなに君を驚かせずに済んだのかな?」
「そ、そんなこと――」
わかるはずもない。
ていうか、無理なんじゃないかな……だって幽霊だよ?
しゃがみ込んだ幽霊は、心配そうな目で私を見つめている。
しゃがみこんで?
目線を下げると、幽霊に足がついてる。
幽霊には足がないっていうのは、嘘だったのだろうか……。
いや待て、彼が幽霊だとは断定できない。
こんなに存在感があるということは、もしかして誰かのイタズラなのかもしれない。
いくぶん冷静になって、頭が回るようになってきた。
「……あなた、幽霊なの?」
「たぶん……」
「この学校の生徒?」
「さぁ……」
「なんでそんな格好を?」
「幽霊らしい格好って、これしか思い浮かばなかったから……」
「はぁ?」
「着替えた方がいいかな?」
「できるの……」
「ちょっと待って――」
ドロン、という音と煙――ベタな演出……昔の漫画とかにあるようなやつ。
なんか古くさい。
煙が晴れると、そいつはこの学校の制服に着替えていた。
「どうかな?」
「さっきよりはマシかな……で、あなた誰なの?」
「さぁ……そこんところが自分でもわからないんだ……君の名前は〈みさと〉、だよね」
「私の名前、知ってるの?」
「カメラに書いてある」
「ああ——」
確かに……愛用の一眼レフカメラには、ペンタ部――カメラの上部にある三角形の部分に、自分の名前が記してある。
幼い頃、このカメラをもらったときに、古釘を使って〈みさと〉の文字を彫り込んだのだ。
今見るとダサいことこの上ないけど、あのときは必死だった。
「あなた、記憶喪失なの?」
「……みたい」
「幽霊でも記憶喪失になるんだ」
「僕のいちばん古い記憶は、みさとが持っているカメラの前に引き寄せられたこと」
「ほんの数時間前じゃない!」
「そういうこと」
どうみても、目の前にいるのは普通の男子生徒だ。
だけど、さっきは一瞬で、死に装束から制服に姿を変えた……それに、私が撮影したフィルムに写り込んでいた。あのとき、カメラの前にこんな人物はいなかったはずなのに――
「ああっ!」
重要なことに気がついて、思わず声を上げる。
「え、なに……どうしたの、急に大声出して」
戸惑った様子の幽霊。
「どうして私のフィルムに写り込んだの!?」
「……ダメだった?」
「あっ……当たり前でしょ!」
信じられない! 会心の作品になるはずだったのに……コンテストに入賞するはずだったのに……それがきっかけで部員が増えて……更にはプロカメラマンへの道も拓けるはずだったのに……それをこの幽霊は――
「あなた、私になにか恨みでもあるわけ!?」
「え……う、恨みって……ないない! そんなの全然これっぽっちもないよ!」
「だったらどうして――」
「自分でもわからないんだよ。なにせ、記憶が無いんだから……」
「普通、幽霊って恨みだとか心残りがあるから、この世に出てくるものでしょ」
「だと思うよ」
「だったら、あなたは私に恨みがあるとか、伝えたいことがあるとか、何かしらの関わりがあるはず」
「そう……なのかな」
腕組みをした幽霊は、しきりに首をかしげている。
何かを思い出した様子はない。
「想像でしかないけど……私の撮影を邪魔したのも、幽霊としての本能みたいなもの……なんじゃない?」
「なるほど……確かに、強い力で引き寄せられたような……」
「その力には、逆らえなかったの?」
「うん!」
あっさりと……少しは抵抗しろ!
「だったらもっと苦しそうな顔をしてそうなものだけど……どうして満面の笑みで――」
「別に苦痛はなかったから……それに、どうせ写るなら、楽しそうなほうが良くない?」
「……そもそも写って欲しくないんだけど」
「申し訳ないと思ってるけど、自分ではどうしようもないんだ」
「これからも、私の撮影を邪魔するつもり?」
「そんなのわからないけど……写らないように善処するからさ、もう何回か試してみない?」
何回か試す!?
気安く言ってくれる……まぁ、あと1回くらいなら——
「試すのはいいけど、いまフィルムがいくらするか知ってるの?」
「知らないよ……16文くらい?」
!!!!
「今のそれ! もしかしてあなた、江戸時代から――」
「あはっ、そう思った?」
「違うの?」
「さすがにそんな昔の人間じゃないと思うな……この世界にあまり違和感を感じないし」
「だったら何で16文とか言ったの?」
「楽しいかなって思って――」
すかっ!
ひっぱたこうとした私の手が、幽霊の体をすり抜けた。
自分の手をじっと見つめる。
「やっぱりあなた、本物の幽霊なんだね……」
「……うん」
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