君に恋する青い月【特別編の番外編⑧】樹の腕時計

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「何言ってんだ?九時二分だぞ?」 「えっ!?でも」  もう一度、汐里は自分の腕時計に目をやった。  確かに八時三十分なのだ。  しかし、何かがおかしい。  秒針が、進もうとして進んでいない。 「その時計、止まってんじゃないか?」 「えっ?ウソーっ!?大変ー!!」  汐里は顔面蒼白だ。  樹が尋ねたが、汐里は他に腕時計を持っていないらしい。  そんな彼女を前に、樹はさっとどこかへ行ったかと思うとすぐに戻ってきた。 「オレの貸してあげる。今日一日時計持ってないと不便じゃない?」  時計全体がシルバーの金属で出来ている。  樹が普段使っている腕時計だ。  スマホでも事足りるだろうが、やはり腕時計の方が便利である。  汐里の左腕を持ち、樹はその時計を装着してあげた。  見た目からも分かるとおり、ずっしりした重みが腕に掛かってくる。 「わっ!え、いいの?」 「うん。オレ他にも持ってるし。あ、でもちょっと緩いかな」  汐里の細い腕には余裕がありすぎて、抜けそうだ。  樹はもう一つ持っていた黒い皮の時計を汐里の腕に付けた。 「うん、これで良し」  にっこり笑う樹に、汐里はドキドキしながら腕に全神経を集中していた。 「ほら、さっさと行かないと遅刻だぞ!」 「ええっ!?きゃーっ!!ありがとうー!行ってきます~!!」  バタンとドアが閉まり、嵐が過ぎ去ったあとのように部屋の中は静かになった。  くすくす笑う樹。  まったく世話の焼けるパートナーである。
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