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「何言ってんだ?九時二分だぞ?」
「えっ!?でも」
もう一度、汐里は自分の腕時計に目をやった。
確かに八時三十分なのだ。
しかし、何かがおかしい。
秒針が、進もうとして進んでいない。
「その時計、止まってんじゃないか?」
「えっ?ウソーっ!?大変ー!!」
汐里は顔面蒼白だ。
樹が尋ねたが、汐里は他に腕時計を持っていないらしい。
そんな彼女を前に、樹はさっとどこかへ行ったかと思うとすぐに戻ってきた。
「オレの貸してあげる。今日一日時計持ってないと不便じゃない?」
時計全体がシルバーの金属で出来ている。
樹が普段使っている腕時計だ。
スマホでも事足りるだろうが、やはり腕時計の方が便利である。
汐里の左腕を持ち、樹はその時計を装着してあげた。
見た目からも分かるとおり、ずっしりした重みが腕に掛かってくる。
「わっ!え、いいの?」
「うん。オレ他にも持ってるし。あ、でもちょっと緩いかな」
汐里の細い腕には余裕がありすぎて、抜けそうだ。
樹はもう一つ持っていた黒い皮の時計を汐里の腕に付けた。
「うん、これで良し」
にっこり笑う樹に、汐里はドキドキしながら腕に全神経を集中していた。
「ほら、さっさと行かないと遅刻だぞ!」
「ええっ!?きゃーっ!!ありがとうー!行ってきます~!!」
バタンとドアが閉まり、嵐が過ぎ去ったあとのように部屋の中は静かになった。
くすくす笑う樹。
まったく世話の焼けるパートナーである。
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