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「……本家参りは、あくまでプライベートでいいんですね? 枝の若頭補佐が本家を訪問するというのでなく」
溜め息交じりに龍司が声を絞り出すと、大江組長は、力強く頷いた。
「ああ。そこは確認した。たまたまお前がうちにいるだけで、本家のオヤジと血縁だってのは別の話だからな。どうせなら拓海連れてけ。愛想いいし」
急に話を振られ、拓海はギョッと目を見開く。一次団体である本家・麻葉会に対して、二次団体である四代目墨田一家は「枝」などと言われているが、初めて大江組長の私邸に来た時は、堅牢な佇まいに刑務所かと圧倒されたのだ。本家はどれだけすごいのか。想像しただけで気が遠くなる。拓海は目で「勘弁してください」と訴えたが、「そこを何とか頼む」と、拝まんばかりに見つめられ閉口した。
龍司が拓海を伴って麻葉会の神崎組長を訪ねたのは、衝撃の事実を告げられてから二週間後のことだった。なかなか腰を上げない龍司に痺れを切らした大江組長から何度か催促され、渋々アポを取ったのだ。
車中、龍司は上の空だった。もともと口数が多い方ではないが、心ここにあらずであることは、毎日一緒に生活している拓海にはお見通しだ。車を運転する舎弟たちに聞こえないよう、拓海は小声で訊く。
「実のおじいさんはこの人だよって言われて、今どんな気持ち……?」
龍司は、白くなるほど力を入れて指を組んでいる。奥歯も噛み締めているのか、顎の筋肉が動く。
「養父母は人間の屑だ。『お前なんか本当はうちの子じゃねえ』ってずっと言われてたから、『やっぱりそうか』とは思う。だからって、急に『祖父です』と来られて『ハイそうですか』なんて言えるかよ……」
何かに対して猛烈に腹を立てているものの、振り上げた拳の下ろしどころが見当たらない。龍司のもどかしげな表情は、そんな心の表れのようだった。
麻葉会は、百年以上の歴史を有する由緒ある団体だ。その組長神崎の私邸は、要塞以外の何物でもない。多数の監視カメラがそこここに設置されている。ものものしい門は、鉄砲の玉も通さなそうだ。何度か墨田一家の事務所や組長宅にはお邪魔しているが未だに慣れない拓海にとっては、ここは更に肩が凝る。何度か首を回して筋肉をほぐす。玄関には既に数人の若衆が出迎えに来ていた。
「オヤジはこちらです」
客間と思しき部屋の入り口で、若衆たちは恭しく頭を下げて引っ込む。この先はあくまでプライベート。必要最低限の警備しかせず、話の内容には首を突っ込まないという意思表示だろう。
「……失礼します。龍司です」
ドアをノックし、よく通る声で名乗る。
「どうぞ」
中から帰って来た声は想定以上に若々しい。龍司はドアを開けた。
「あぁ、堅苦しくしないでくれ。無理言って呼びつけて、済まなかったな」
深く頭を下げてなかなか部屋に入ろうとしない龍司を、神崎組長は取りなす。大病を患った後で少し瘦せたようだが、もう少し若い頃は龍司に負けない美丈夫だったろう。
(……似てる!)
顔の造作はもちろんだが、それ以上に表情が似ている。奥深い、情の動きにおける二人の似通い方を目の当たりにし、彼と龍司の血縁を確信した。
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