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「そんなのは昔の話よ。もう、あっちが碌に役立たねぇからな。お前も後悔しないように、若いうちにしっかりヤッとけよ。……それにしても、こんなに面がいいのに男好きとはねえ」
龍司の肩を軽く拳で叩き、小島はリビングを出て行った。二十代の若さで二次団体の若頭補佐に取り立てられた龍司の出世の早さは異例なので、同程度の役職者の中では圧倒的に若い。だが、大江組長のボディガードとして他団体との抗争でも並外れた腕っぷしを発揮し、懲役刑も受けた根性は界隈でも有名で、年長者からも一目置かれることが多い。そんな龍司に対し、ゲイであることを当て擦ってくるような無遠慮な輩は初めてだ。拓海は不快に思ったが、聞こえてない振りでやり過ごした。
神崎組長の私邸の門をくぐり抜け、見えない場所まで車が移動した瞬間、龍司が大きな溜め息をついた。
「これで義理は果たしたね。お疲れ様」
その大きな背中を上下に撫でさすり、神経をすり減らしたらしい龍司をねぎらうと、ようやく本音が言えるとばかりに彼は口を尖らせる。
「じいさんも親も、俺が選んだわけじゃねぇよ。なんであんな厭味ったらしく牽制してくるかね? 本家のカシラと比べたら、枝の若頭補佐なんて吹けば飛ぶ下っ端だ。ほっときゃいいじゃねえか……」
今回の訪問で、一次団体と二次団体の格の差を垣間見た拓海は、今後、龍司が否応なしに一層複雑な立場に身を置かざるを得ないだろうと覚悟した。龍司自身も、もちろんそのことは理解している。しかしそれは、決して彼が望んだ変化ではない。その気の重さが分かるだけに、拓海もその場しのぎの慰めを言うのは憚られた。無言で彼の背を撫で続ける。
見舞いを兼ねた神崎組長宅への訪問を終えた拓海は、急いで自分の店に戻った。製菓学校在学中から祖父母の店に修行に入り、卒業後二年目からは拓海が店長だ。代替わりしても、以前から店に出ていた孫の拓海が「下町のお菓子屋さん」というスタンスと味を受け継いだので、常連客もこれまで通り店に来てくれ、経営は安定軌道に乗っている。一人で店を回すことにも慣れてきた。
拓海は仕込みをしながら、龍司との二年を顧みる。極道の男との交際は戸惑うことも多かった。一緒に住んで分かったことだが、彼らの働く時間は極端に不規則だった。普通のサラリーマンのように、朝九時から夕方五時までという日もあれば、出たり入ったりを繰り返したり、真夜中に出かけている日が続いたりすることもある。おそらくその時々の仕事内容によるのだろうと推測していたが、龍司は口が重い男で、組での仕事について拓海に話すことは殆どなかった。生活費は十分すぎるほど貰っていたが、その出どころや稼いだ手段が分からないのは何とも心許ないし、何も話してくれないのは寂しい。龍司なりの思いやりだと分かっていても、
「なぜシノギの話をしないのか」
そう詰め寄っては龍司を困らせた。時には喧嘩もしながら、やっと二人の関係も落ち着いてきた。
だが、この一件で、まだ駆け出しのパティシエである堅気の自分と彼との距離が改めて遠くなるように感じ、一抹の不安を覚えていた。
(この続きは、同人誌にてお読みください!)
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