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「あの。これ僕のお店で作ったものですが、良かったら召し上がってください」  拓海は控え目に微笑みながら持参したケーキを差し出した。 「おお、あんたか! 身体張って組員を守ってくれたって武勇伝、本家にまで聞こえてるぞ。そうか、菓子職人をやってる堅気さんだったな」  目を細めて拓海を嬉しそうに見つめる組長の眼差しは、まるで孫のガールフレンドを見るようだ。肉親の情を感じ取ると同時に、何とも形容しがたい申し訳なさに襲われ、拓海は頭を下げた。 「龍司さんの隣にいるのがこんな男で、すみません」  組長は無言でかぶりを振る。 「何言ってるんだ。あんたでよかったと思ってるよ。他人のために身体張るなんて、なかなかできることじゃない。男だ、女だなんて大した話じゃない。……それに、幸せな家庭とか人の道のあるべき姿を説く資格なんぞ、俺にはねぇからな」 含みを持たせた最後の一言で今日来た理由を思い出し、拓海は龍司を見やる。組長は一つ深く頷いて神妙な面持ちに戻った。 「お前さんが生まれる前のことを少し話そう」 「極道の男だけは駄目だ」ときつく言い聞かせていたにもかかわらず、組長の一人娘は若衆と恋に落ちた。怒った父は、娘の恋人を鉄砲玉として敢えて抗争の最前線に送り出す。父の(はかりごと)を知り家を出た時、彼女はお腹に龍司を宿していたらしい。見つからないようにと大都会を避け、縁もゆかりもない地方都市の場末のスナックで出産間際まで働いたとのことだった。 「……そこまでは、娘が死んだ数年内に突き止めたんだが、赤ん坊は一緒に死んだとばかり思ってた。……病院に現れたお前さんを見た麻葉会の古参は腰抜かしたよ。他人の空似と思えないって。ほれ、これが俺の若い頃の写真だ。勝手に調べたのは悪かったな。だが、DNA鑑定の結果は九十九パーセント、お前さん俺の孫だとよ」  黙って聞いていた龍司が、重い口を開く。 「俺が親だと思ってた二人と神崎組長のお嬢さんは、どういう関係だったんですか」 「お前の養母と娘は、同じスナックのホステスだった。かなり親しかったようだな。お前さんを産んだ直後に娘が死んで産婆が困ってた時、養父母さんが現れたそうだ。『何かあったら自分たちが育てるって約束したから』と。産婆は娘の本名すら知らなかったから、言われるまま、養父母さんの子どもとして出生証明書を書いたんだとよ」 「……そんなこと、なんで分かったんですか」  まるで信用していないような龍司の口ぶりは、神崎組長の言を疑っているというより、根幹から揺らいでいる自分のアイデンティティへの不安だ。体温が伝わるほど近くにいる龍司の乱れた息遣いから彼の気持ちを感じ取り、咄嗟に左手を握り締めた。龍司は、強く拓海の手を握り返してくる。 「戸籍見りゃ、出生届がどこで出されたか分かる。出生届てのは法律で二十七年保存することになってるんだとよ。お前さん三十一だろ? ダメ元で聞いてみたら、あったんだよ。『問い合わせが来るかもしれない』って法律で決められた年数過ぎても捨てないんだから、日本の公務員の真面目さには恐れ入るよな。でもまぁ、そのお蔭で産婆の名前や居場所が分かったんだ。お前さんの養父さんにも裏は取らせてもらった」  神崎組長の眼光は鋭い。検査結果は目の前の龍司が自分の孫だと言っているものの、自らの目でも見極めようとしているようだ。己の極道の血が龍司にも流れているのかと。
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