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 二人の間には、ぴんと張り詰めた緊張感が漂う。普通の祖父と孫の対面とは違う。極道が互いの腹を探り合い、信頼できる相手か見極めようとしている時の空気だった。ふっと龍司が視線を外し、神崎組長の若き日の写真を手に取った。拓海も一緒に覗き込む。 「うわぁ……。まるっきり龍司さんだ。ちょっと触ったら切り付けられそうな目付きまで、そっくり」  ボソッと小声で呟いたつもりだったのだが、しっかり聞こえていたらしい。神崎組長は噴き出した。 「あんたもそう思ったかい」 「あ、はい。今日初めてお目にかかったばかりなのに、図々しくてすみません」  恐縮して縮こまる拓海に、神崎組長が向ける視線は優しい。 「大江から聞いてたが、龍司、いい情夫見つけたな。真っ当な堅気なのに筋者に物怖じしない。なかなかいないぞ、こういう子は。大事にしてやれよ」  なぜかいつも極道の大物から可愛がられる自分の情夫を振り向いて苦笑いを浮かべる龍司に、神崎組長は潔く頭を下げた。 「しなくていい苦労をお前に掛けたな。俺が悪かった」 「いえ、とんでもない。俺のオヤジのオヤジに当たりますから。神崎組長は、極道でも俺の祖父同然です」  恭しく頭を下げるが龍司の表情は硬い。実の祖父に会ったというよりは、偉い人に会った目下の者のような反応に、一瞬、神崎組長は寂しげな眼の色を浮かべた。 「極道の世界じゃ、盃の絆は血縁より上だ。お前にとっちゃ大江が親なのは百も承知だ。今更どのツラ下げて『孫に会えて嬉しい』なんて言える立場じゃねぇのも分かってる。……それにしても、こんな身近なところにいたとはなあ」  若くして娘を亡くし、妻を亡くし、家族の縁に恵まれなかった男が、唯一の血縁者にようやく会えた感慨が声や表情に滲み出ている。 「罪滅ぼししないと俺も死んでも死にきれねえ。ただの老いぼれだが、これからも良かったらちょくちょく顔を見せてくれ」  龍司は曖昧な表情で頷いた。  客間を出ると、その隣り合わせのリビングと思しき部屋の扉が開け放たれており、悠々とソファに腰掛けて煙草をふかしている五、六十代の小柄な男がいた。龍司は、生真面目に頭を下げる。 「小島のカシラ、お疲れ様です」  彼は鷹揚に片手を挙げて応える。鈍い光沢を放つ高価そうな素材で仕立てたスーツの袖口から、ごつい金色の腕時計が覗く。 「よう、龍司。……オヤジ、何だって?」 「オヤジさんの亡くなったお嬢さんが産んだ子が俺じゃないかと」 「けったいな話じゃねえか。証拠でもあるのかよ?」 「先日オヤジさんが手術した時、献血した俺の血でDNA鑑定したそうです」  小島は得心した表情で頷いた。 「ああ……、オヤジはちょっと珍しい血液型なんだよな。お前も同じなのか」 「ええ」  言葉少なで無表情な龍司に毒気を抜かれたのか、小島は手をひらつかせ、もう行っていいぞと示す。 「呼び止めて悪かったな。お前もシノギが忙しいだろ。……そっちは、お前の情夫か」  顎をしゃくって拓海を差す小島に、龍司が答える。 「はい。拓海って言います。こいつは堅気ですから」 「龍司、そんな警戒すんなよ。俺は『そっち』の趣味はねぇから。一遍男とヤるとハマるって話も聞くけどな」  小島は肩を竦め、唇の片端を引き上げ、やや皮肉な笑みを浮かべている。 「カシラの男っぷりは有名ですからね。目が合うだけで女が妊娠しちゃうって」  龍司は軽く口元を緩めて笑顔を作ったが、目元は笑っていない。
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