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小さい頃、お菓子の空き箱とかにミニチュアの家具や植物を置いて、理想の庭を作るのが好きだった。
古い団地住まいで、庭付き一戸建てに憧れていたからかもしれない。
ジオラマ作りが趣味だった親父を横で見ていて、なんとなく真似して作り始めたのがきっかけだ。
俺が作っていたのはジオラマというより箱庭だったけど、親父は丁寧に教えてくれた。
広告の裏に簡単な図を描いて、将来こんな庭がある家に住みたいな、なんて空想しながらどこに何を置くか考えるのが好きだった。
最初のうちは自分一人だけの秘密の庭という設定で作っていて、白いガーデンテーブルに置かれたティーカップは自分の分だけ、ガーデンチェアも一脚だけ。
理想的な庭ではあったけど、なんとなく何かが足りないような気もしていた。
そんな俺の箱庭にも、数年後にはガーデンチェアがもう一脚置かれ、ティーカップの数もその分増えた。
ずっと一緒にいたい、ずっとそばにいてほしい。
そう思える相手ができたからだ。
俺がその相手と出会ったのは、受験して入った中学校の入学式当日の朝だった。
予定よりも少し早く学校についた俺は、土の香りがする昇降口で学年カラー付きの真新しい上履きに足を突っ込み、案内表示に従って教室へ向かった。
人の気配がほとんどない校舎の中を歩いて行くと、廊下には腰高窓が並び、そこからは青々とした芝生や木製のベンチが置かれた中庭が見えた。
真新しい制服特有の硬さとにおい、新しい学校生活に膨らむ期待。
テンションが上がりきっていた俺が勢いよく教室の扉を開くと、そこにはすでに一人の男子生徒が席に座っていた。
ソイツは銀縁の眼鏡をかけていて、なんだか神経質そうな雰囲気を醸し出していた。
窓側から数えて二列目、一番後ろの席に座り、机に向かって何やらブツブツと呟いている。
俺が来たことに気付いていないのか、銀縁眼鏡のそいつが顔を上げる様子はなかった。
「オハヨウゴザイマース」
黙って入るのもどうかと思い、一応挨拶をしたが反応はナシ。高かったはずの俺のテンションは急激に下がっていった。
このまま入り口に突っ立っていても仕方がないので、俺は机に貼られた名前のシールを頼りに自分の席を探すことにした。入学説明会の時は親同伴で席は自由だったから、決められた席に座るのはこの日が初めてだった。
「カナモリ、カナモリ~っと」
わざとらしく自分の名字を呟きながらたどり着いた席は、俺の存在を無視し続けている銀縁眼鏡くんの前だった。近くまで来ても顔を上げる様子はない。
一心不乱というのはこういうことを言うんだと、妙に納得したのを今でも覚えている。
よく見るとソイツの机の上には原稿用紙が数枚広げられていて、どうやらそれに書かれた文章を声に出して読んでいるようだった。
机に貼られたシールには「倉橋」と書かれていた。下の名前は原稿用紙に隠れて見えない。
何が書いてあるのか気になった俺は、倉橋の顔に自分の顔を近づけ、わざとらしく声に出して読み上げてみた。
「あーーっと、なになに?」
耳元で声を出したらさすがに驚いたらしく、ガタリと音を立てて倉橋が立ち上がった。
「暖かい日差しに包まれ、美しい春の花も咲き始めた今日この頃、私たち新入生一同は〜って、あれ、これってもしかして……」
原稿用紙に書かれていたのは、新入生代表の挨拶文だった。
「新入生代表、倉橋……」
そこまで読み上げたところで、目の前から原稿用紙が瞬時に消えた。倉橋がものすごい勢いで払い除けたからだ。払い除けた時のままの角度で腕を止めた状態で、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけていた。
初めて正面から見た顔が怒った顔だったってのも、今から思えば倉橋らしいような気もする。
涼しげでシャープな目元と銀縁眼鏡のせいか、とても気が強そうに見えた。
肌は同じ男のものとは思えないほどにきめ細やかで、窓から降り注ぐ朝の光に当たってキラキラと輝いて見えた。
「なんなんだっ、ていうか誰だよ」
声変わりしはじめたばかりのような、まだ高いけど少しハスキーな声。
その声を聞いた瞬間、下腹の奥の方がムズムズして、なんとも言えない気持ちになった。
「俺は金森、カナモリダイキ、席はお前の真ん前」
そう言って自分の席を顎で示すと、倉橋の眉根がピクリと動いた。
「『お前』って……、キミと僕は今日が初めてで」
「そんなことよりそれ、大事なもんなんじゃねぇの?」
倉橋の言葉を遮り、床に散らばっているものに指をさして言うと、あっ、と小さく声を上げた倉橋が慌ててそれらを拾い集めた。
そして机の上で手早くまとめると、ご丁寧に俺をひと睨みしてから教室を出て行った。
よくわかんねえけど、面白そうな奴。
それが俺の、倉橋に抱いた最初の印象だった。
その日以来、俺はなにかと倉橋にちょっかいを出すようになり、倉橋は俺から逃げるようになった。
まあ逃げても席は俺の後ろだから、結局無駄なエネルギーを使って疲れるだけだろうに、それでも倉橋は俺から逃げ続けた。
席替えをして席が離れても、クラス替えで別クラになっても、俺は倉橋に付きまとい、ちょっかいを出し続けた。
自分でもなんでこんなに執着してるのかと不思議に思ったりもしたが、ある変化が自分の体に起きて納得した。
手のひらについたものをティッシュで拭き取りながら、ああそういうことかと思ったのを今でも覚えている。
そんな初めての出会いから今年で八年。
中学生だった俺たちは大学生になり、もうすぐ就職活動が始まる。
「良くも悪くも変わってねえな」
ダイニングの椅子に座ってタブレットを睨みつけ、ブツブツと呟いている倉橋をキッチンのカウンター越しに見て独りごちる。
一週間後に行われる大学の卒業式で、倉橋は送辞を述べることになっている。
人前に出るのは苦手なくせに、頼まれたら断れない性格は今も昔も変わらないようだ。
眼鏡は銀縁からフレームレスに変わったものの、シャープな目元ときめ細やかな肌は昔のままだ。
中学の頃からちょっかいを出し続け、高校でも追いかけ続けた結果、大学に入学する直前に倉橋は俺の恋人となった。
初めて会った頃は俺の肩ぐらいの高さだった彼の身長は、今では向かい合って立つと鼻先に額がくる。
背伸びをして俺に唇を寄せてくる時の倉橋は、恥ずかしそうな表情と隠しきれない欲望とのギャップが最高にエロ可愛い。
こんな関係になれたのは、よく言えば執拗に追いかけ続けた俺の粘り勝ちだが、単に俺から逃げたり、追い払ったりするのが面倒くさくなっただけのような気もする。
なんで俺とこういう関係になったのか理由を知りたくて、組み敷いて焦らしまくって弱いところ攻めまくって、なんとか言わせようとしても毎回はぐらかされる。
そもそも理由を聞けるまで我慢するなんて、俺には到底無理な話だ。
だって、普段は無表情でクールな男が、俺の体の下では一糸まとわぬ姿で妖しく乱れ、細い腰を揺らしながら可愛くおねだりするのだから。
そのうち言葉ではっきり聞きたくなる日がくるかもしれないが、今の俺にはそれだけで充分だ。
「少し休憩したらどうだ」
二人分のコーヒーと倉橋用のナッツが入ったチョコレートをトレイにのせ、運びながら声をかけたが返事は聞こえてこなかった。
こういうところは全く変わってねえなと思いはするが、昔のようにテンションが下がることはもうない。
四つある椅子のうち、テーブルをはさんで向かい側に座ろうと椅子を引くと、倉橋がタブレットから顔を上げてこちらを見た。眼鏡をはずし、隣の椅子の背もたれを、手入れされた綺麗な指先で無言のままコツコツと叩いた。
ここに座れ、という意味だ。
はたから見れば偉そうな態度だが、俺から見れば微妙な表情の変化が可愛くてたまらない。
本人はポーカーフェイスのつもりだろうけど、髪から覗く耳たぶがほんのり紅色に染まっている。
このあとの展開が頭に浮かび、鼓動が少し早くなった。
俺は望まれるがままに隣に座り、ゆっくりとコーヒーを飲みながら倉橋が動き出すのを静かに待った。
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