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食事を始めた直後、食べ方が綺麗だと思った。無論侯爵令嬢な訳で、作法が完璧であるのは一般的には当たり前な事ではあるが、彼女からは品のある美しさを感じた。きっとこれも欲目と言うやつかも知れない。 「ねぇ、フィオナ」 「……?」 「君に提案があるんだ」 そこで彼女は食事する手を止めナイフとフォークを置いた。俯き加減でヴィレームを伺う様に見遣る。 「暫くこの屋敷で暮らさないかい?実は既に君のご両親には許可は頂いているんだ」 「え……」 瞠目する。当たり前だ。昨日の今日でこんな話をされれば誰でも同じ反応をするだろう。 「勿論、君が嫌なら断ってくれても構わない。ただ一つ言っておくね。僕は無責任にこんな話をしている訳じゃない。責任は確り取る」 ◆◆◆ 責任を取ると言われ、フィオナの思考は一瞬停止した。困惑しながらヴィレームを見ていると、真っ直ぐな彼の瞳と視線が重なる。 「誤解をさせて、繊細な君を傷付けたくないから……この際だ、ハッキリ言うね。僕と結婚して欲しい。君が好きなんだ」 きっと以前のフィオナなら喜んだ筈だ。彼は申し分ない程素敵な人だ。容姿端麗で性格も優しく、頭も良い。出身地である国はいまいちよく分からないが、伯爵令息だと聞いた。家柄も申し分ない。一般的な侯爵家の次女の嫁ぎ先としては然程悪くない話であると言える。 ただそれはハンスと出会う前の話だ。彼に裏切られてからあの様な酷い目に遭い、数え切れない男性達から嘲笑われた。 ヴィレームがハンスやあの男達と同類かと聞かれたら、違うと即答出来る自信はある。ただやはり、怖い……。 フィオナは改めてヴィレームを見る。彼からは悪意も嘘を吐いている様には見えないが……。そもそも自分との結婚が、彼にとってメリットがあると到底思えない。ヴィレームは優しい人故、可哀想な境遇のフィオナに同情でもしているのだろうか……。 「私には勿体ない事です。ヴィレーム様の様な素敵なお方なら私などではなく、もっと素敵な女性が見つかります」 それにもし彼の言っている事が本心だとして、自分の様な醜女を妻にすれば彼は不幸になってしまう。何れヴィレームは留学を終えれば国へ帰る。フィオナを伴い一緒に帰れば、彼の両親や親類、友人知人……周囲の人々から彼がどんな目で見られるか……。自分だけならいい。でもヴィレームまでこの呪われた人生に巻き込みたくない。 そこまで考えて、ある事に気が付いた。ハンスの時にはこんな想いにはならなかった。あの時は自分の幸せだけを考えていた……。だが今は違う。彼に不幸になって欲しくない。彼に幸せに生きて欲しい……そう願わずにはいられない。不思議だ。 「ヴィレーム様のそのお気持ちだけで、私は十分です」 胸がいっぱいになる。フィオナはせめての想いでこの醜い顔で、精一杯笑って見せた。だが向かい側にいた筈の彼の姿がない。 「⁉︎」 「フィオナ」 昨日と同じ、風を感じたと思ったらヴィレームはいつの間にかフィオナの背後に立っていた。そして背中から抱き締められる。 「嘘じゃない。僕は本当に君が好きなんだ。君が欲しい。フィオナ……僕は君じゃないとダメなんだ」 彼の必死な想いがひしひしと伝わってきて、心臓が煩いくらいに脈打つのを感じた。それと同じに苦しい程に締め付けられる。 「だから、そんな事言わないで。少し僕に時間をくれないかな。それに僕なら、君の呪いを解く方法を探す力になれるよ……。君にとって悪い話ではないと思わないかい?」 耳元で囁く彼の声は甘く痺れる……まるで毒牙の様に感じた。 「時が来た時に、また返事を聞かせて」 彼の為にも断らなければならない。そう分かっているのに、フィオナはどうしても首を横に振る事が出来なかった。
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