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断り切れず結局ヴィレームの屋敷でお世話になる事、半月と少し。フィオナは自分に充てがわれた部屋を改めて見渡す。 ヴォルテーヌ家の屋敷の自室とはまるで違った。ヴォルテーヌ家の自室は正直日当たりも悪く、時間問わず何時も薄暗かった。丁度品も簡素で地味な物ばかりで、最低限の物しか置かれていなかった。 それに比べて、この部屋は兎に角華やかだ。鏡台一つにしても、結構値が張りそうだ。色もクリーム色で可愛らしく、他の家具も明るい色で統一されていてセンスもいい。それに、日当たりも良い。……ふと鏡に映る自分が見えた。 「何だか恥ずかしいかも……」 大きなクローゼットを開けば、ギッシリとドレスが並んでいる。普段フィオナが着ない形や色ばかりで、戸惑ってしまう。因みに今着ている物もその一つなのだが……朝ヴィレームが「良く似合ってる。まるで、君の為に仕立てた見たいだ」と言ってくれた。自分では変かも知れないと思ったが、彼が褒めてくれたから胸を張って着る事が出来ている。ただ慣れないので、やはり少し気恥ずかしさを感じる。 「失礼致します、フィオナ様」 扉が軽くノックされ開いた。入って来たのは、フィオナのお世話をしてくれている侍女のシビル。落ち着いた雰囲気で、綺麗な女性だ。 「湯浴みの準備が整いました」 フィオナは自分でドレスを脱ぎ、下着を取り外す。そして最後に躊躇う事なく仮面を外した。 「お湯加減は如何ですか」 「大丈夫よ」 そう答え、笑って見せた。フィオナが何故こんなにも彼女に気を許せるのかと言うと理由がある。それは、彼女が人間ではないからだ。 正直初めは信じられなかった。何処からどう見ても普通の人間の女性だ。だがヴィレームが言うにはシビルは使い魔だと言う。 『使い魔⁉︎』 聞いた時は、思わず声が上擦ってしまった。 『うん、クルトのね』 しかもヴィレームではなく、クルトの使い魔らしい。使い魔……なんだか、幼い頃に読んだ本の中の話の様だ。魔法使いに服従する存在であり、それは魔物、精霊、動物と様々だ。因みにシビルは黒猫らしいのだが……やはり、見えない。 「シビルは……私の事、不気味じゃないの」 卑屈な意味で聞いた訳ではない。ただ何となく口を突いて出た。 瞬間静まり返り、ぽちゃんっとお湯が弾ける音だけが聞こえる。やはり動物だろうとこの顔のアザは気持ちが悪いのだろうと、ぼんやりと思った。だが次の瞬間、聞こえてきた彼女の声は明るいものだった。 「どうしてですか?」 顔を上げて彼女を見ると、首を傾げてキョトンとしていた。 「フィオナ様を不気味だなんて、思う筈がありません。フィオナ様は、誰よりも清らかで美しい魂を持っています。それに、こんなに愛らしいのに」 至極当前の様に言い切ると、ふふっと彼女は笑う。そんな彼女の言動に、目の奥が熱くなるのを感じた。ずっとこのアザの所為で、苦しんできた。アザを隠す為に仮面をつける他はなく、だが周囲からはそれも不気味がられて。 仮面をしていても、外しても結局は同じだった。どうする事も出来ない。唯一の味方は弟のヨハンだけ。だがヨハンはヴォルテーヌ家の跡取りで、大切な弟だ。迷惑は掛けられない。だから、一人生きる為に頑張ってきたが……たまに、疲れてしまって、もうどうでも良くなって、死んでしまおうかなんて……思った事も少なくない。結局死ぬ勇気すらなくて、生きているのだが……。 「シビル、ありがとう」 ヴィレームに出会って、フィオナの人生が変わりつつあると、ひしひしと感じている。大袈裟かも知れないが、それ程フィオナにとって彼との出会いは特別なものだった。 この屋敷で暮らす様になって、ゆっくり眠る事が出来る様になった。笑って話せる様になってきた。弟以外に話し相手がいなかったのに、今はヴィレームやシビル、クルトも話し掛けてくれる。今フィオナは、一人のとして扱って貰っているのだ。その事実が、酷く嬉しい……。 瞳から涙が溢れ、直様お湯で洗い流しフィオナは笑った。
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