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「姉さん!」 翌日、廊下を歩いていると今度はヨハンに呼び止められた。フィオナは眉根を寄せる。 学院内では話し掛けないようにとあれ程言っておいたのに……。 ヨハン様だわ。 本当だわ、素敵ね〜。 そんな声が周囲から漏れ聞こえてくる。相変わらず、弟は人気がある様だ。姉の欲目からしても弟は美青年と言える。しかも侯爵家跡取りであり、頭も良い。性格も優しく、人懐っこい。人気があるのは頷ける。だが、だからこそ自分と一緒の所を見られてはヨハンに悪影響だ。弟の体裁に関わる。 「ヨハン……。取り敢えず、場所を変えましょう」 フィオナとヨハンは、人目のない裏庭へと場所を移した。 「ヨハン、学院では話し掛けてはダメって言っているでしょう」 「だって、姉さん……全然帰って来ないんだもん」 寂しそうに、少し拗ねた様にそう話す。忘れていた訳ではない。ただ自分がいなくなった所で、何等変わらないだろうと単純にそう思っていた。 「手紙送っても、返事くれないし」 「え……手紙?」 何の事か分からない。フィオナは目を見開く。 「そうだよ。僕、毎日書いてたのに」 頻度の多さに苦笑するが、今はそうじゃない。ヨハンからの手紙なんて、フィオナは知らない。 「ごめんなさい、ヨハン。なんて書けばいいのか分からなくて……。次は必ず返事を書くから」 咄嗟に嘘を吐いてしまった。 「うん、絶対だよ。……ねぇ、姉さん。前から思ってたけど、どうして学院では話し掛けちゃダメなの?」 「それは……私はヴォルテーヌ家の人間なの。それはどうする事も出来ない事実よ。だからって、それだけでヴォルテーヌ家の評価が下がる訳じゃない。現にヴォルテーヌ家の世間体は悪くないもの」 「答えになってないよ」 ヨハンは不満げに顔を顰める。 「だからね、私が言いたいのは貴方と私が姉弟だからって貴方の評価が下がる事はないけど、仲の良い姉弟である事を周知されたら貴方の評価は悪くなるって事よ。貴方はヴォルテーヌ家の跡取りなの。貴族社会において重要な要素の一つである体裁、周囲からの評価は、不可欠でしょう。貴方が将来ヴォルテーヌ家を継いだ時にまで影響を及ぼすかも知れない……。それだけは、絶対に避けたいの」 大切な弟だから、ヨハンの重荷にはなりたくない。それだけは昔から何時も心に留めている。 「僕は気にしない」 「ヨハン……でも」 「姉さんは僕の大事で大好きな姉さんなんだ。周りとか貴族社会とかそんなの関係ない。言いたい奴等には好きに言わせておけばいい。だってそんな奴等は何れ僕が、黙らせてあげるから……」 珍しく俯き加減で話すヨハンの表情は暗い。声色も何処か何時もと違う様に思えた。一瞬フィオナの心臓が大きく脈打つ。 「ヨハン……」 「ねぇ、それより姉さん。何時帰って来てくれるの?僕寂しいよ」 「それは……」 だが次の瞬間にはまた何時もの弟だった。やはり先程のは気のせいだろう。胸を撫で下ろすも、なんて答えればいいのか悩む。返答に戸惑っていると、不意に抱き締められた。フィオナは驚き身動ぐが、腕の力が強く意味はない。 ヨハンに抱き締められるのは幼い頃以来だろうか……。 アザが出来てからは、引け目があり、フィオナがやんわり拒絶していた……。 「……ヨハン?」 「何処の馬の骨かも分からない男に、姉さんを取られたくない」 更にギュッと腕に力が込められる。自分より頭一個分身長の高い弟を、見上げて思う。幼い頃はフィオナよりも低かったのに、いつの間にか抜かされてしまった。顔を見なければ、知らない男の人に抱き締められている様で、寂しくもあり複雑に感じた。 「姉さん」 暫くの間フィオナは、ヨハンの腕の中から解放される事はなかった。
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