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ヴィレームは書類を前にペンを持ったまま止まっていた。 「ヴィレーム様……インクが垂れております」 呆れてたクルトの声がするが、何も手に付かない。フィオナと気不味い雰囲気になってしまってから、もう十日も経つ。ヴィレームにはその間、酷く長く感じた。 「ねぇ、クルト」 「はい」 「女性を怒らせた時は、どうすれば良いのかな……」 切実だった。女っ気のないクルトに訊ねた所で意味はないだろう。だがもうお手上げ状態で、藁にも縋る思いだ。 「やはり、フィオナ様と仲違いなされたのですか?」 「分からない……。僕は喧嘩した覚えも、心当たりもないけど、もしかしたらフィオナを怒らせる様な事をしたのかも知れない……」 そこまで話すと、クルトは少し考える素振りを見せる。 「でしたら魔法でフィオナ様の本心を暴いたら良いのではないでしょうか」 クルトは淡々とそう答えた。 それはヴィレームも考えた。だがあの魔法は記憶が残る。もし彼女が話したくない事を無理矢理吐かせる事をすれば収集がつかなくなる可能性がある。 以前は躊躇わず簡単に使えたのに……今はもう怖くて使えない……。 本来心理的魔法は、普段余り使うものではない。言うならば、通常は罪人の尋問などに使うものだ。何しろ相手の意志を完全に無視して本心を暴くのだから……人権などないに等しい。 だがクルトが何となしに話した様に、少し前まではヴィレームも普通に使っていた。そこに罪悪感などは皆無だったが……フィオナと一緒に過ごす内に考え方が変わった様に思える。 「いや、それはダメだよ。フィオナの意思に反する」 ヴィレームがそう言うと、クルトは意外そうに眉を上げた。 「自分で、どうにかしてみるよ」 と言ったものの、良案は思い付かず更に三日過ぎてしまった……。 「フィオナ、今日は僕に時間をくれないかい」 学院の休みの日の朝、思い切ってフィオナを誘ってみた。断られるかも知れないと弱気になりつつ。すると彼女は、意外にもすんなり頷いてくれた。そんなフィオナの姿にヴィレームは嬉しさと共に安堵した。 「あ、あのっ……私乗るの、初めてでして……」 馬を前にしたフィオナの声は上擦る。手を忙しなく動かし、明らかに動揺していた。 「大丈夫だよ、僕が一緒に乗るから」 「あ……そう、だったんですね」 恥ずかしそうにして俯く彼女を見て、どうやら一人で乗るつもりだったのだと分かった。女性でも一人で馬に乗れる者はいるが、貴族令嬢では稀だろう。意外と意欲的なフィオナに、笑いを噛み締める。本当に可愛いらしい。 ヴィレームはフィオナを抱き上げ、馬に乗せた。少し怖がる彼女を後ろから抱き締める様にして、ヴィレームも馬へ跨ると手綱を打つ。馬は勢いよく街の外へ向けて駆け出した。
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