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「開かずの部屋の鍵を開けたのが、私……」 あの日も何時もと変わらずミラベルが我儘を言って聞かなかった。退屈だ、退屈だと言い出しフィオナを引きずり回す。ほっておけばいいのかも知れないが、ミラベルに何かあったら母から怒られるのはフィオナだ。 暫く屋敷中を連れ回された後、ミラベルはあの開かずの部屋に辿り着いた。ガチャガチャと妹はドアノブを弄るが開かない事に腹を立てて、しまいに泣き出しそうになる。 フィオナは慌てて宥めようと、ミラベルの手をドアノブから離そうと触れた。その瞬間、何故か扉は開いた。 ミラベルは開いた事に大はしゃぎして中へ入ってしまい、フィオナも慌てて後を追った。だから、気にする暇も無かった。 「実はあの時、姉さん達が部屋の前にいた所を僕、見てたんだよね。ミラベル姉さんが何回やっても開かなかったのに、フィオナ姉さんが一瞬触れただけで開いたんだ。あの時は、本当に驚いたなぁ。その前に父さん達が試しているのを何度も見た事があってさ……でもどうやっても開ける事は出来なかった」 知らなかった……。 幼いフィオナには、あの部屋がそんなに特別な部屋だという認識はまるでなかった。ただ単に鍵が壊れている、そのくらいの認識だった。 「でもさ、莫迦だよね。あんなに開けたがっていた扉が折角開いたのに、姉さんが呪いを受けた事で父さん達は怖気付いちゃって、中を確かめる事なく結局そのまま放置する事になったんだ。まあ僕にとっては都合が良かったけどね。……ねぇそれより、姉さんは知ってる?あの部屋が、一体なんの部屋なのか」 フィオナは首をゆっくり横に振る。 「あの部屋はさ、ザハーロヴナ・ロワの遺品を保管する為の部屋だったんだよ。姉さんが呪いを受けたあの箱もその一つだよ。他にも沢山あってさ、魔法に関する記述が事細かに書かれた本とか、ザハーロヴナ・ロワ自身の記録とかもあったよ。中でも、この石が凄いんだ」 ヨハンは懐からコイン程の大きさの蒼石を取り出すと、手の平に乗せ前へ差し出して見せた。 「彼の魔力がこの中には詰まっている。これを使えば魔力がなくても、誰だって魔法が使えるんだ。ただ残念ながらコレは有限らしくてさ……何れ消えて無くなる。本当はもっと大きかったんだ。なのに使っている内に段々小さくなって来ちゃって……。やっぱり、作り物はダメだよね」 手の平で石を玩び、つまらなそうにする。 「でね。物に移した魔力は何れ無くなるけど、体内に直接取り入れた魔力はそのまま自分のものにする事が出来るって書いてあったのを見つけたんだ!生物の魔力は心の臓に集まり、それを食らうだけ……凄く簡単だよね!だからさ……」 無邪気に語るヨハンの姿に、背筋がぞわりとした。今目の前にいる人物は本当に自分の弟なのだろうかとさえ、疑問に思えてくる……。 「ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴」 フィオナは、俯き加減だった顔をゆっくりと上げ、ヨハンを見遣る。目を大きく見開き、声も出ない。身体も微動だにしない。口の中が酷く乾く気がした……。 今、ヨハンは何て言ったの……? 信じられなくて、思考が停止して息をするのさえ忘れてしまいそうになる。ヨハンが一歩前へ踏み出す。その光景をただボンヤリと眺めていた。 パンッーー。 だが次の瞬間、光と破裂音に我に返る。 「ヴィレーム様⁉︎」 気が付けば身体はヴィレームに勢いよく抱き寄せられた。彼がヨハンに手を翳すと光りが走り、ヨハンの前で破裂したのだ。 「危っないなぁ。突然攻撃するなんて酷い人だね」 「大切な人の命が危険に晒されている状況で、そんな呑気に構えてられないからね。彼女の心臓は渡さない。フィオナに危害を加えるなら、僕は迷わず君を殺す」 ヴィレームを見上げると、何時もの穏やかな彼ではなかった。ヨハンを見る目は鋭く暗く、凍りそうな程に冷たい。 「フィオナ、ごめんね。僕は君を守る為なら何だってする。例え、君を悲しませる事になっても」 そう言うと、フィオナをシャルロットへと引き渡し彼はヨハンと対峙した。
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