エピローグ

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エピローグ

ヴィレーム様の声が聞こえた。あの瞬間私は一人ではないと、そう思えた。貴方の存在が私を救ってくれた。 あの時、不思議な感覚を覚えた。身体の全てが燃える様に熱くなり、足先から頭の先、内臓、髪の毛一本に至るまで熱くて溶けそうだった。 それと同時に、自分の愚かさに気付いた。 あんなに側にいたのに、あの子の事を何も分かっていなかった。違う……分かろうとしなかった、見ようとしなかった。私は自分の事ばかりだったから……。 あんな風になる前に、私が気付いてあげていたなら……もっと違う未来があったかも知れない。 あの子が誰かを殺す事も、誰かが殺される事もなかったかも知れない。 だから、あの子の罪は私の罪でもある。私が終わらせなくてはいけない。それが私の責務だと思った。 あの子と向き合った瞬間、もう迷いはなかった。 そしてあの子が倒れた時。 あぁ、私の弟は死ぬんだ……ただ、そう思った。 痛い、痛いと言う弟と幼い頃の弟が重なって見えた。本を読んでと言われた瞬間、胸が抉られる思いだった。 弟が大好きだった魔法使いの本。何度も何度も読み聞かせた所為で、覚えてしまった。 眠いと言う弟の頭を撫でると、何処か安心した様にゆっくりと目を閉じた。 迷いはない筈なのに……震えた。 弟を助ける事は出来ない。してはいけない。弟がした事を思えば、死ぬだけで贖い切れる事ではない。それだけの事を弟はした。 本当ならば、然るべき罰を受けなくてはならない。それなのにも関わらず、私は一番楽な方法を与えてしまった。結局最期まで、弟に甘いダメな姉だった……。 ヴィレーム様は、何も言わなかった。他の誰も私を責めなかった。だがこれは、私の罪だ。それは、決して忘れてはいけない……。 ◆◆◆ 「フィオナ」 ヴィレームが呼ぶと彼女は振り返った。その顔には変わらずに仮面が付けられている。 「ヴィレーム様」 「準備は出来た?」 「はい。と言いましても、私の荷物など大してありませんが」 フィオナの部屋は、綺麗に物が無くなっている。あれから、一ヶ月経った。随分と慌しい日々だった……。 『フィオナ……』 弟の亡骸を抱き締めた彼女は暫く微動だにしなかった。だが、不意に立ち上がり振り返ると『お願いがあります』と言った。 彼女のに言われた通り、彼女の両親、姉、妹……そして弟の亡骸を、屋敷の中へと運び込んだ。使用人達も皆、死んでいた故、同じく運んだ。 一体どうするつもりなのかと、ヴィレームはフィオナを見守っていた時「フィオナ様……」クルトが意外な事を言い出した。ヴィレームは正直呆れ返ったが、それを聞いた彼女は目を見開いて驚きながらも、快諾をした。 クルトの意外な用件も済み、改めて屋敷の外へと出ると、フィオナは暫し屋敷を凝視する。すると、手にした一冊の本を前へ掲げた。あの本は……。 『フィオナ……?』 ヴィレーム達は訳が分からず、黙って見守った。 ボッーー。 『⁉︎』 次の瞬間、本が燃え上がった。しかもあろう事か、それを彼女は屋敷へ向かって勢いよく投げたのだ。火は瞬く間に燃え広がる。更に彼女が振り払う様に手を動かすと、一気に屋敷は炎に包まれた。 唖然とするヴィレーム達を他所に、フィオナは踵を返すとスッと仮面を付けた。その様子に誰にも顔を見られたくないのだろうと、思った。 よく見ると微かに彼女の身体は震えていた。思わず伸ばした手は拳を作り、引っ込めてしまった。情けないが、何と声を掛ければ良いのか分からなかった……。 今の自分では、彼女の望む言葉を掛けてあげられる自信がない。何を言っても偽善や欺瞞に聞こえるだろう。 ヴィレームは燃え落ちる屋敷と彼女をただ見ている事しか出来なかった。 「そう言えば、オリフェオ殿下はあれからどうなさったのでしょうか」 「え、あぁ……。大丈夫だとは思うよ」 ヴィレームはフィオナの声に、我に返り苦笑した。 「まあ、色々あったからね。国王陛下には僕から、ちゃんと説明はしておいたから。後はどうするかは彼等が判断すべき事だ」 「そう、ですよね……」 随分と不安そうにする彼女に、少しだけモヤモヤする。そんなにあの莫迦王子が気になるか……。だが、それは彼女の慈悲深い優しさ故からくるものだ。そうに違いない。それしかあり得ない!と自分に言い聞かせる。 「本当に大丈夫だよ。この国の王は、愚か者ではない」 クルトの治癒魔法で回復したオリフェオは、何かを決意した様な表情を浮かべ「城へ戻る」と言った。ヴィレームは、その後直ぐに彼を城へと送り届けた。本来ならば送ってやる義務はないが、フィオナが心配だと言うので仕方なくだ。 その際についでに、国王への面会を申し出た。今回の騒動についての事の顛末を簡潔に説明をした上で、オリフェオの無罪を進言した。するとどうやら国王も色々と情報は掴んでいた様で、意外とすんなり納得をした。 そしてオリフェオの兄の王太子だが、その時既に部屋に軟禁されていた。実は彼はヨハンと同じ蒼石を持っていたのだ。恐らく、ザハーロヴナ・ロワの石の何個かあると言っていた内の一つだろう。 国王から聞いた話では、王太子が所持していた蒼石は王家に代々受け継がれているもので、この国で『神の御業』と呼ばれる奇跡を起こす為に使われている。本来は国王以外持ち出す事は禁止されているらしいが、今回勝手に王太子が持ち出してしまったそうだ。何をしようとしたのか分からない。ただ、学院での事件と何か関わりがあるのだろうか……。 まあ、それはヴィレームには関係のない事だ。余所者の自分がこれ以上首を突っ込む話ではない。 ただ、彼もまたヨハンと同じ様に、魔力に魅入られた一人なのかも知れない。魔力があれば、魔法を自由に操り様々な事柄において役に立つ。だが時として魔力は人を魅了する危険なものでもある。魔力に取り憑かれると抜け出すのは極めて困難で、一度魅了されればその末路は悲惨以外の何者でもない。 ヴィレームの国にも、そう言った人間が無数に存在し、暫し事件を起こしているのが実情だ。 「さて、忘れ物はないかな」 「はい」 ヴィレームはフィオナの腰を抱き寄せると、部屋を後にした。今日、ヴィレーム達はこの国を立つ。無論、フィオナも共に。 屋敷の門前には二台の馬車が用意されていた。クルトがシビルと共に慌ただしく荷物を積み入れていた。 「いやぁ〜‼︎私は絶対、フィオナちゃんと一緒の馬車に乗りますわぁ〜‼︎」 グワァ‼︎グワァ‼︎ 「お前等、我儘言うなって!」 早速面倒臭い事になっている。ヴィレームは見なかった事にしてさっさとフィオナを後方の馬車に乗せ、自ら乗り込むと扉を閉めた。長旅になる故、馬車を二台に分けた。あの騒がしい姉と一緒などごめんだ。それに、折角だ。フィオナと二人だけでゆっくりと過ごしたい。決して下心など一切ない! 「あら、フリュイ。もう乗ってたの?」 キュル〜。 いや、ここにも邪魔者かいた。最悪だ……ヴィレームは顔を引き攣らせる。 フィオナが座ると、フリュイは彼女の膝の上にピョンと飛び乗る。 う、羨ましくなんてない……。 その光景に苛っとするが、我慢だ我慢と独り言つ。ため息を吐き、仕方なくヴィレームは彼女の正面に腰を下ろした。何故なら、フリュイが彼女の膝の上とその横の席まで占領しているからだ。ヴィレームが彼女の隣に座ろうとした瞬間、隣の席へ移る。そしてチラリとヴィレームを見遣る。 明らかな嫌がらせだ。相変わらず憎たらしい。 このタヌキが‼︎ キュルキュルキュル。 睨んでやるが、どこ吹く風だ。 そんな事をしていると馬車が大きく揺れた。どうやら出立した様だ。 暫く彼女は馬車の外を流れる景色を、黙って眺めていた。何か思う事があるのだろう。色々あったが、彼女にとっては故郷なのだ。もしかしたら、もう二度と帰る事はないかも知れないのだから……。 「フリュイ、ちょっと交代してくれないかな」 そうヴィレームが言うとじっと見られたが、意外にも大人しく場所を変わってくれた。 ヴィレームは外套を脱ぐと、フィオナの横に座る。身体を引き寄せ自分へ寄り掛からせた。いつの間にか眠ってしまった彼女に外套を掛けてやる。 「フィオナ、君に出会う為に僕はこの国に来たんだ。……君が、僕を呼んだんだよ。君に出会えて、心から良かった。……愛しているよ、フィオナ」 ヴィレームも瞼を閉じ、共に眠りに就いた。 終
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