記憶に残らない、影の薄い子

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記憶に残らない、影の薄い子

 中村コウキはロボットのようだ。  休み時間は黙って自分の席に座っている。授業で教師に指されないかぎりしゃべらない。影が薄すぎて、卒業後は記憶からすぐに消えそう。  事件を起こすまでは、まわりからそう思われていた。  四月中旬の昼休み、とある高校の職員室に血相を変えた生徒が三人飛び込んできた。  一様に青ざめ、震えながら「校庭に急いでくれ」という。  三年生の問題児がまた取っ組み合いの喧嘩でもしているのかと思い、がたいのいい男性教師二人が現場にかけつけると、地獄絵図のような光景が待っていた。  首と四肢をもぎ取られたネコの死骸が、数体分ちらばっていた。  散らばる死体の中心にいた生徒が、最後の一匹を生きたまま引き裂いた。  無地のうす茶色だったブレザーは、返り血で斑に染まっている。  コウキは左手に刃の折れたカッターを握りしめたまま、顔に笑顔を貼り付けて、鼻歌をうたう。息絶えたネコの腹綿を切り始める。  正気とは思えない行動に、教師の背筋が凍った。喉に込み上げてくる吐き気をどうにかこらえ、何をすべきか考えを巡らせた。  遠巻きに見ている野次馬の生徒が何人か、その光景にスマートフォンを向けている。 「なにをしている! やめないか中村! お前たちも撮るな! 今撮ったものをすぐに消せ!」  教師二人に取り押さえられて、コウキは抵抗することなく進路指導室に連れて行かれた。  それ以降教室に戻ることはなく、ゴールデンウィーク明けには、クラスの名簿から中村コウキの名前が消えていた。
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