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「社長」
「きみ!」
専務を差し置いて社長にお声がけをした俺に、専務からのお叱りが飛んできた。
「社長は今お考え中だ。そう、せかすものではない」
「し、しかし」
「しかしもカカシもないよ。きみ。エリートだかコンクリートだか知らないが、社長や私に意見するなど三十年早いよ」
こんな緊急事態でも社長優先。こんな態度が専務は社長の太鼓持ち、ゴキゲン伺い、究極のイエスマン、おもしろマリオネット、と陰口を叩かれていたゆえんであった。しかし今は違う。どれだけ緊急事態であっても、いや緊急事態であるからこそ、いつもと同じように専務は専務なりの正義を貫くつもりだ。俺は素直に頭を下げた。
「すいません」
専務はフーとため息をついた。
「まあ、わが社始まって以来の緊急事態だから、きみがあせる気持ちもわかる」
「はい」
「落ち着きたまえ。大丈夫だ。社長が今、すばらしい決断を下してくださる」
専務はニコッと笑った。もう、すぐそこまで破滅の足音が近づいているのに笑えるなんて、どれだけ肝の据わった人なんだろう。俺は深い感動を覚え、再び頭を下げた。
「つい気持ちが焦ってしまいました。すいません。太鼓持ち専務」
感動しすぎて、陰口で専務のことを呼んでしまった。
「え? なに? 太鼓持ち?」
「いえ、太公望のようにしっかりとした専務と言ったのです」
俺は少しも顔色を変えず嘘をついた。
「なるほど。きみもわかってきたね」
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