怪しい名探偵 第6回 煙の向こう側

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 「あんたのことを言ってるんじゃないのか、丸出のおっさん」  海老名が横目で丸出を見ながらささやいた。  「は? 私のことを言ってるんですか?」丸出の鈍い頭がやっと反応したようだ。  「そうです、あなたのことですよ!」佐藤が大声で叫ぶ。「私の前でパイプを口にするなんて、許せません! 煙草を吸われる方とは口も聞きたくない!」  「このパイプはおもちゃです」丸出が弁解する。「煙など出ませんよ。私は煙草を吸いませんから」  「じゃあ、なぜパイプなんかくわえてるんですか?」  「私はシャーロック・ホームズの生まれ変わりですぞ。パイプをくわえないシャーロック・ホームズなど考えられませんからな。これは文化の問題です」  「文化の問題だか何だか知りませんが、喫煙なんて文化はこの世に存在してはいけないんですよ。そんな文化が存在していたことなど、歴史からも消されねばなりません。たとえ煙草を吸わなくても、喫煙具を目にするだけで不愉快です。今すぐそのパイプをしまいなさい!」  「いや、それはできませんな。パイプの吸い口を噛んでないと落ち着かないもんで……名推理も思い浮かばなくなるんですよ」  「ならば、ここから出てってください」佐藤は毅然とした態度で言った。「今すぐ!」  「ま、そういうことだ、丸出のおっさん。さっさと出てってくれ」  海老名がしてやったり、と言わんばかりの笑顔で丸出に言った。  「だったらエビちゃんも一緒に出て行きましょう。エビちゃん、煙草吸うじゃないですか」と丸出が(ふく)れっ面をしながら言う。  「吸ってません。(少なくとも今はな、と丸出に小声で)あんたがいない方が話を進めやすいんだから、さ、出てった出てった。とっととあのクリニックへ帰って、オネエ言葉のワトソン君とオカマでも掘り合うんだな」  丸出は根岸に目で助けを求めたが、根岸もその目付きだけで味方には付いてくれそうになかった。  「じゃあタクシー代くださいな。ここから家まで遠いんですから」  タクシー代は根岸が負担して(海老名は「俺は給料安いんだから1銭も出せねぇ」と言い訳)、丸出は悔しそうに寺から出て行った。
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