怪しい名探偵 第6回 煙の向こう側

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 広徳寺の僧侶たちに対する聞き込みは、ようやく始まった。もっとも始めがあの騒ぎだったものだから、暖房のよく効いた部屋が異様に寒い。丸出はいなくなったものの、冷たい雰囲気だけはどんなに設定温度を上げても効き目がなさそうだった。  「昨日は講演会があって新潟にいたんですよ」佐藤が話を始める。「講演会は午後の3時から2時間ほど。その後、古町(ふるまち)という繁華街で食事会を開きまして、ホテルに戻ったのが夜の8時ごろでしたかね? その後ひと眠りして、翌朝うちからの電話で目を覚ましましたよ。ホテルを出たのが朝9時ごろ。その後、新潟駅へ移動して新幹線で上野(うえの)に着いて、戻って来たのが昼過ぎですか。いやぁ、それにしても迷惑な事件が起きたもんですね。これじゃあ参拝客も手を合わせられやしない。本当に迷惑至極ですよ」  「佐藤さんに事件のことで大熊さんが電話をかけたのが、朝の6時ごろと聞いてますが……」と根岸が言う。「間違いありませんね?」  「間違いないと思います」  「その後9時にホテルを出て、ここへ戻って来たのが昼過ぎ……自分の寺の境内で殺人事件が起きた割には、ずいぶんとのんびりしてますね」  「私だってもう60を過ぎて、機敏な行動はできませんよ。ゆっくりと朝食を()る時間ぐらいあってもいいじゃないですか」  「殺害されてたのが小竹さんだったと知って、どう思いました?」  「あの人らしい死に方じゃないんですか? ちょっと暴力的で態度が悪かったですからね。ろくな死に方はしないと思ってましたが」  「なるほど。小竹さんはろくな死に方をしないと思ってた、か。なぜ小竹さんをそんなに嫌うんです?」  「いや、別に嫌いじゃないですけどね。ただ、あの人には本当に手を焼きました。なぜか私に反抗してばかりいましたから。私が禁煙しなさいと説得しても、あの人は煙草をやめようとしない。それどころか私の目の前で堂々と煙草を吸ったりするんですからね。私があの人を嫌いなんじゃなく、向こうが私のことを嫌いだったんですよ。あれは重度のニコチン依存症ですな」
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