怪しい名探偵 第6回 煙の向こう側

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 「ところでエビちゃん、昨日の晩、あのお寺のお坊さんたちに聞き込みに行ったでしょ? どんな印象だった?」捜査会議終了後、新田が向かい側の席から話しかける。  「予想以上のクソ野郎ども」と海老名が自分の席で毒づく。「始めっから喧嘩腰だったからね。ちょっとしたことですぐに腹を立てて、出て行け!だし。あんな終わり方をするんなら、いっそのこと奴らの前で堂々と煙草吸いながら聞き込めばよかったよ。あの腕に煙草の火でも押し付けてみたかったね」  「そういえば丸出のおじさんも一緒だったのよね? あいつ、おとなしくしてた?」  「おとなしかったよ、滅茶滅茶おとなしかった。何しろ途中で身体ごと消えちゃったもん。あいつ、いつもパイプくわえてるじゃん。それ見てあの禁煙ファシスト、丸出にここから出て行け!だからね。その後は存在しない丸出が、行儀よく静かに俺たちの聞き込みの様子を見てたよ。あのクソ住職、人間的にものすごく嫌な奴だけど、丸出をそばに寄せ付けないという点だけは、唯一ほめてあげたいぐらいだね。あの寺の観音像じゃなくて、住職こそ優れた厄除けの効果を持ってるってわけだ」  「でもあの寺のお坊さんたち、明らかに怪しいわよね。犯人はあの人たちで決まりじゃないの?」  「新田さん、まだ確実な証拠を挙げたわけじゃない。楽観視するのは早すぎるぞ」と藤沢係長が話に割り込んできた。「あの住職が言うには、自分の寺の境内であのような事件が起きて、それを迷惑だと言ってたんだよな? それならば自分の寺の境内で、あのような殺害の仕方をするだろうか? いかにも広徳寺へ恨みを抱いている者が、これ見よがしに殺害したとも思えるんだが……」  「意外と自分の寺の宣伝が目的で殺ったんじゃないんですか? 何考えてるんだかわからないですからね、あのクソ坊主」と海老名。  「目撃証言は今のところ全くなしだから、そこのところを掘り下げていったら状況は変わるかもな。それから例のニコチンパッチ。さっきの捜査会議によれば、あれは市販用だったんだよな? ということは医師の処方箋(しょほうせん)がなくても、誰にでも手に入れることができる。それなら必ずしも佐藤節夫の仕業とは限らない」  「いや、ニコチンパッチを一度に何枚も貼り付けたらどうなるかを知ってる人間は、数少ないでしょう。佐藤は医者だし、禁煙外来を受け持ってるんだから、当然そのことには詳しいはずだと思いますけどね」  「問題は、なぜああいう殺し方をしたかということだろ? 小竹に対して強い憎しみを持ってる人物は他にいるのかな?」  「やっぱりあの住職で間違いないんじゃないんですか」と新田。「あの住職から見て竹屋の主人は一番身近な喫煙者で、商店会の会長。排除すべきはまず、目の上のたん(こぶ)ってやつですよ」  「新田さんの目の上のたん瘤って誰かな?」と海老名。「早く彼氏作れってうるさい母親かな? ま、新田さんももう売れ残っちゃったから、このまま賞味期限切れで廃棄処分しか道はないけどね。あーあ、可哀想に。男も知らない処女のままババアになって……」  新田の研ぎ澄まされた殺気が海老名に襲いかかってきた。
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