怪しい名探偵 第6回 煙の向こう側

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 その日の昼過ぎ、海老名は聞き込みのために外出した。新聞配達所へ聞き込みに出掛けた三橋と広徳寺の境内で合流することになっているが、まだ三橋は到着していない。  空は透き通るほど晴れてはいたが、強い空っ風が境内を忙しそうに通り過ぎて行く。観音通り商店街も、店がちらほらと開きつつある。師走(しわす)の今が稼ぎ時だから、いつまでも閉めておくわけにもいかないのだろう。だが客足はいつもと比べても、まばら。鉄筋コンクリートで改装された本堂は、立ち入り禁止の黄色い規制線が取り囲んで、中には入れない。海老名の目の前は、竹屋の主が無残な姿で発見された本堂の入口。「(タバコ)を除いて健康長寿」と大きく書かれた垂れ幕が、入り口の脇に掛けられていた。大きく「タバコ」とルビを振られた「厄」の左隣りには大きな禁煙マーク。さらには至る所に禁煙マークや「禁煙」と書かれた張り紙が、所狭しと境内を取り囲んでいる。まるで今でも学生運動が盛んな大学のキャンパス。仏教寺院としての風情が台無しだった。  そういえば昔は、ここら辺に喫煙所があったよな? 海老名は急に思い出した。前の住職は愛煙家で、しかも息子同様に医師だった。前の住職の口から喫煙の害について聞いたことがない。それに比べて今の住職ときたら……対照的な親子である。  本堂の横、奥の墓場に通じる細い通路の脇には大きなイチョウの木がある。ここ数日ほど、清掃はしていないのだろう。周り一面には分厚く葉が降り積もり、まるで黄色い絨毯(じゅうたん)のようになっている。その黄色い絨毯の上で、鳩が楽しそうにその上を踏みしめながら歩き回り、その柔らかさを堪能(たんのう)しているようだったが、突然何かが転がるような鈍い大きな音が聞こえると、急に翼を広げて飛び立ってしまった。  鳩ですら相手にしたくないような鬱陶しい人物が、海老名に近づいてきた。トレンチコートにベレー帽、パイプ煙草……
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