怪しい名探偵 第6回 煙の向こう側

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 そこへ案の(じょう)、その丸出本人が屋上に姿を現わした。トレンチコートにベレー帽姿。口には空のパイプ。この警察公認の無法者は煙草を吸うわけでもないのに、海老名と戸塚に近づいて来る。三橋が喫煙者であってくれたら、そして今この場にいてくれたら……あの疫病神も俺に近づいてくることはないだろうに。でも三橋は事件後、恩師が逮捕されたことで心を痛め、今日は休んでいた。  「やあエビちゃん、今日もいい天気ですな」丸出が陽気に声をかける。  「うるせぇ、この泥棒野郎。仏よりも慈悲深い署長のおかげで、娑婆に出れたことを忘れるな。」  「エビちゃん、よくも私を逮捕して留置所へ閉じ込めましたな? この恨みは絶対忘れませんぞ。酒気帯び運転のことをマスコミにリークされたくなければ、何かおいしいものをおごってくださいな」  「嫌なこった。酒気帯び運転のことをマスコミに言いたければ、言えばいいだろう? 俺はいつ警官なんか辞めたって構わんよ」  「本当ですかな? 刑事を辞めたくないって顔に書いてありますぞ」  「それはあんたが見たいように俺を見てるだけだ。俺はあんたの言いなりになるぐらいなら、今すぐ警官なんて辞めてやる」  「いや、丸出さんの言ってることは本当だと思うぞ。別に丸出さんの肩を持つわけじゃないが」戸塚が含み笑いをしながら言う。「エビ、嘘を言うのはやめろ。刑事辞めたくないって本当に顔に書いてあるぞ」  「戸塚さんまで、このバカの味方をする気ですか? それは戸塚さんが俺に辞めてもらいたくないだけでしょう」  「そういうわけじゃない。俺には本当にそう見えるって言ってるだけだ」  やっぱり俺は三橋みたいに捨て鉢にはなれないのか? 海老名は玉ねぎの皮のように何層もの虚偽に包まれている、本当の自分に聞いてみた……いや、戸塚さんや丸出の方が嘘を吐いてる。2人とも自分の見たいように俺を見てるだけだ。  真っ白に雪化粧をした富士山も、遠くから海老名の心の中を見つめていた。  (次回に続く)
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